第32話「盗賊のこと」
昼前になって宿の自室に帰ってきたシータス。
そこですっかり回復して普段通り振る舞うリリアナの姿に面食らった。
「あ、シータスさんおかえりなさい!」
可憐な笑顔はいつも見慣れたものとほとんど差異はない。
「あ、ああ……リリアナちゃん、もう動けるのか?」
「ええ、もうだいぶ動けるようになりました」
リリアナはにっこりと笑顔で返す。
「…………」
シータスはセインに視線を移すと彼に手招きをし、怪訝な顔をしながら傍に来た彼にこっそりと耳打ちをした。
「こんなに早く回復出来るわけがない、薬か何か飲ませたか?」
「いや……水しか口にさせてないが……そんなに驚く事なのか?」
魔力の事に関しては詳しくないセインが少しだけ首をかしげながら訝るとシータスは小さく首を振った。
「……あれだけ強大な魔法を放って、魔力を使い果たし気絶までしたのに半日足らずで普段通り動けるようになるまで回復できるなんていうのはあまり例のない事だ。魔法を使い慣れている魔導士でも一日は体中に刺激痛が走ってまともには動けない……いや、でも、リリアナちゃんのその特殊な能力も影響しているかもしれないが……」
「…………」
シータスの言葉に思わず神妙な表情をリリアナに向けてしまうセイン。二人の様子を見ていたリリアナはそれに対して不安げな顔を返してしまう。
彼女のその表情に気付いたシータスは、この会話の内容を悟られてはならないと全く違う話題を切り出した。
「リリアナちゃん、あのさ……君が盗賊達を助けた件なんだけど……」
「え?あ、あの、はい……」
リリアナの脳裏に昨夜の光景が過ぎる。
なんだろう、良い事をしたつもりだけどシータスさんもセインさんもあんまり良くない顔してる……。
もしかして怒られる……?
そんなふうに不安を膨らませていると
「君は誰からの指示もなく、君自身の意思で盗賊達と接触しただろう?そして彼らの前で癒しの力を使った」
「は、はい……」
シータスは腕を組みながら尚も続けた。
「結果的には彼らが悪質な人間じゃなかったから良かったが、今後は良かれと思っても風体の良くない人間の前で君の力を一人で使うのはやめて欲しい」
「えっ……どうしてですか?」
いつになく真剣な面持ちのシータスとその言葉に困惑するリリアナ。
「世の中には恩を仇で返すような人間もいる。加えて君の能力は使い方次第で犯罪にも使えるし、そうでなくとも若い子を誘拐して売り飛ばす輩もいるんだ」
「う……で、でも……」
納得のいかないリリアナ。じゃあ自分がやった事は間違いだったのか?
見て見ぬ振りして見捨てろとでも?
助けを求めるようにセインに視線を移す。しかしセインのほうも表情を変える事もなく
「シータスの言う通りだ。売り飛ばされた先でどんな扱いを受けるか君には想像出来ないだろうが……奴隷として過酷な労働を強いられ続けたり、性的玩具として弄ばれ続けたり、最悪は薬漬けにして臓器を売られる事すらある」
という厳しい現実を口にした。
「…………!」
それを聞いて、リリアナはようやく自分がどれだけ無防備な振る舞いをしたのか思い知ったようだ。
さっと青ざめてぎゅっと自分の身を抱いて俯いた。
奴隷、性的玩具、臓器売買……。
そんな事考えもしなかった。昨夜の盗賊達がそんな悪質な人間ばかりだったら、私はどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい。
「ご、ごめんなさい……私…………」
震える声はそれ以上の言葉を綴る事が出来ないでいた。その姿を見たセインがシータスに視線を送る。シータスも、少し後悔の色を浮かべながら頷いて返す。
そして、
「もちろん、リッチに気を取られていたとはいえ君を一人にしてしまった俺たちにも責任はある。護衛として同伴している立場でありながら迂闊だった。それは誠に申し訳なかった」
とリリアナに対してしっかり頭を下げて謝罪をするシータス。セインもそれにならって頭を下げた。
「とんでもありません!頭を上げてくださいシータスさん!セインさん!」
驚いて二人に駆け寄るリリアナ。
「私が軽率だったんです。皆さんは悪くありません!」
シータスは顔をあげると、優しく微笑みリリアナの頭をそっと撫でた。
セインも軽くため息を漏らす。
「ところでシータス、その盗賊だが」
セインはベッドサイドのコップを手にする。
シータスは返事をせずに視線だけ向けて、次の言葉を待つ。
「今まで一緒だったんだろう?どうするんだ?盗賊だと分かっていて野放しにするのか?この辺もオレオールの領地ではあるんだろう」
コップを口に運びながらシータスに訊ねる。
「ああ……その件だが……まぁ、二人共座ってくれ」
そう言いながらシータスは上着を脱ぎ自分のベッドに腰掛けた。リリアナも室内のソファに座りセインはベッドサイドの椅子に腰を預ける。
「あの盗賊達の素性が分かった。アドネシア国の生き残りの元戦士達だそうだ」
「アドネシア……シュクリオス帝国に滅ぼされた国だな」
「そうだ」
「それで“赤毛の褐色肌”というわけか。しかし、アドネシアといえば砂漠気候の国だろう。なぜ、そんな連中がこの寒冷気候の土地にいる?」
セインはコップの水に口をつける。国の位置関係がよくわからないリリアナは、ただ黙って二人の会話を聞いている。
シータスは大きくゆっくり息を吸うと、ふぅっとため息に変えて吐き出した。
「彼らは国を失った後、生き残りの民と共に流浪の生活をしていたようだ。生活の足しに金持ちの家を狙って盗賊をしながら街から街へ……と流れていたそうだ」
「……国を失った移民にありがちな生活だな。既に滅亡した国の生き残りを助けるようなお人好しの国もあるまいしな」
「まぁ、そうだな」
二人の会話にリリアナは昨夜の盗賊達を思い出して少しばかり胸を痛めていた。あんな強力な敵の襲来にも勇敢に戦える人達なのに、彼らを助ける人達はいない……?それで盗賊を……?
「あ、あの……」
おずおずと口を開くリリアナ。二人も彼女に視線を移す。
「あの人達、これからもまたそんな生活を……?」
心配そうに盗賊達の今後を訊ねる。本来ならもちろんそうに決まっている。だが
「それなんだが……俺の権限をもって、彼らをオレオールの兵士として雇う事にした」
シータスは安心させるように微笑み返した。
「!」
ぱぁっと表情が明るくなるリリアナと、眉をひそめるセイン。口を開いたのはセインだ。
「正気なのか?領地の盗賊を王宮の兵士に?」
シータスは息を漏らすように軽く笑うと
「まあ、盗賊といっても元はアドネシアの戦士達だ。いささか腕はなまっているかもしれないが充分な兵力になる。そもそもアドネシアとオレオールは友好国だったんだ。国を失ったアドネシアの生き残りを見ながら助けずにいるなんて、オレオールの聖騎士団長としてのプライドが許さない」
そう言ってセインの顔を真っ直ぐ見つめた。
「…………」
セインは何も言い返さない。それを確認するとシータスは「それから」と言葉を続けた。
「彼らを率いていたリーダー格の男、オルハ・マクティラだが……彼だけは我々に同行する事になった」
「なんだと?」
セインがすぐさま険しい顔つきになる。この反応を予想していたのか、シータスは全く動じる事なく笑みを湛えたままだ。
「なぜそうなった?」
警戒心の強い性格のセインは盗賊達に一定の疑念があるようだ。珍しく強く詰め寄る。
「リリアナちゃんに恩があるからだ。昨夜、彼らを助けただろ。率先して怪我の手当てをしたり、オルハをかばって魔法を打ち消したり。その恩を返したいという動機が主だな」
シータスはセインからの鋭い眼差しも動ずる事なくスラスラと答える。
“オルハ”……昨夜の時点ではまだ名字呼びだったはずだがいつのまにか名前呼びになっている。それは二人の距離がある程度縮まっている事を意味した。
「……盗賊が恩返しだと?」
セインが尚も訝るが
「セイン、何度も言うが彼らはそもそもはアドネシアの戦士だ。元来の悪人じゃない。そして今は盗賊じゃなくオレオールの兵士だ」
まるで子供を
「そうじゃなくても我々はイリヤを失った。戦力の少ないこの人数で戦闘の出来る人間を失うのはかなりの痛手だ。そんななか貴重な戦力が手に入るだけでもありがたい事なんだ」
そう聞いてもセインはまだ不服そうだ。その様子に軽くため息を吐くもそれ以上は続けず、今度はリリアナのほうを見やる。
「リリアナちゃん、オルハが会いたがっていたけれど、どうする?今なら宿の隣の食堂で昼飯食べてるけど」
「えっ、えーっと……私は構わないのですが……」
急に自分に話を振られたので戸惑いながら、無意識にチラッとセインを見る。彼は明らかに不機嫌そうにしながら目を逸らした。それを見てシータスはふっと吹き出す。
「大丈夫、気にしなくて良いよ。セインも困惑してるだけだから。じゃあ行こうか」
「は、はい」
シータスに促され、リリアナとセインの三人は盗賊達のいる食堂へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます