第30話「光の少女」

「リリアナちゃん!」

「!!」

 シータスが赤毛の男の前で手をかざしているリリアナを見て驚く。

 リッチもまたも予想外の存在に忌々しげな表情を浮かべた。

 リリアナはリッチから放たれた闇魔法をすんでのところで結界魔法で無効化したのだ。

「あんた……俺をかばって……」

 赤毛の男がリリアナの背中に呟くような声を漏らす。

 実はリリアナはずっと赤毛の男が心配で、怪我の治療をしながらも戦闘の成り行きを見守っていた。

 赤毛の男の攻撃が通じていない事、そして不利な立場の彼を狙って魔法の詠唱を始めた事、また強力な闇魔法を受ければ危険だと判断し、咄嗟に前へ躍り出ていた。

 リリアナは赤毛の男に目もくれず、すぐにまた魔法の詠唱を始めた。

「なんだ?神官か……?」

 リッチは若い少女が自分の魔法を無効化出来る魔力を持つ事に、やや戸惑いを抱きつつも再び闇魔法の詠唱を口にする。

「リリアナちゃん、ダメだ!退避するんだ!」

 シータスが戦闘をしようとするリリアナを止めようとする。

「なあ、あんた危ないぜ!ただの修道士が勝てる相手じゃねえぞ!」

 赤毛の男も止める言葉をかけるが、リリアナはリッチをじっと見据えたままどちらの声にも聞く耳をもたなかった。

 そして

「エンジェルアーク!」

 リリアナは天へ手を振り上げた。

 するとその手から光の筋が上空へすっと消え、直後、リッチの頭上へ雷鳴と共に光の雷が直撃した。

「うがああぁぁぁっ!!」

 光魔法をまともに受けたリッチは叫び声をあげて身体を大きく曲げる。詠唱も止まった。

 リリアナが与えてくれたこの隙をシータスが見逃すはずがなかった。

「はあっ!!」

 剣を大きく振り上げ、リッチの首を狙って斬りつけた。

「ぐぬぅ‼︎」

 素早く反応した死霊使いだったが、それでもシータスの剣先をその首に薄い一線を許してしまった。

 血液こそ噴き出ないが、熱い痛みが滲むのを感じた。

「くそっ‼︎」

 シータスは尚も斬りかかった。しかしリッチもダメージを庇いながら彼の剣戟を受けまいと必死に防御に徹する。

 聖騎士の剣戟に神官と思しき少女の光魔法。

 厄介過ぎる、とリッチの中の冷静さが微睡んでいく。

 反してシータスの方は、”あとひとつ”とリッチの隙の生まれる瞬間を睨んでいた。

 あとひとつ決定的なダメージを与えたい。

 あの予想外だったリリアナの攻撃魔法が、再び放たれないかとひそかに期待していた。

 せめて、体勢を立て直してリッチがまた詠唱を始めてしまう前に。

 ありがたい事にそのシータスの願いは届いたようだ。

「セイントブレイズ!」

 先程の魔法を放ってからすぐに次の魔法の詠唱をしていたリリアナ。

 彼女の呪文を唱える声が聞こえた瞬間、シータスは身を翻してリッチから離れた。

 次の瞬間、リッチの体がまっ白い炎に包まれた。

「ああああぁぁぁーーーっ!!」

 燃え盛る火炎の中でリッチが絶叫する。その悲鳴の迫力といったら。

 空間を引き裂かんばかりの鋭さにも似て、聞くもの全てをぞくりとさせた。

 ゾンビと戦っていたセイン達でさえ一瞬視線を向けたほどだった。

 白い火炎をまといながらリッチはその熱に苦しみ暴れ狂う。

 フラフラ歩き回り、杖をブンブン振り回し、自分にこの苦痛を与えた忌まわしい存在を探し求めているようだった。

 やがて瀕死のリッチの視界にリリアナの姿が映り込む。

 リッチは尚もニィッと笑うと今度は詠唱をすることなく

「エナジードレイン!!」

 再び闇魔法を今度はリリアナに向かって放つ。

「‼︎」

 黒々とした光を帯びた波動が目にも止まらぬ速さで彼女の体を包みこんだ。

「きゃあああああっ!」

 リリアナが身を埋めて悲痛な叫び声をあげた。

 そしてそこから一筋の黒い糸のようなものがリッチへ伸びる。どうやら体力を奪い取る魔法らしい。

「このままお前の命まで吸い取ってくれるわ!!」

「リリアナちゃん!!」

「リリアナ!!」

 シータスとセインが同時に叫ぶ。

 勝機を得たかのように不敵な笑いを浮かべるリッチだったが、その闇魔法に包まれたリリアナの様子が誰の目にも異変を感じさせていた。

 ゆっくりと上げられた顔つきの変化は誰の目に見ても明らかだった。

 目つきは鋭く尖り、その深緑の瞳は光を放っているようにも見えた。いつもの無防備な表情はどこにも感じられない、代わりに冷徹さが張り付いたと言えるほどに無機質でいながら敵意を帯びた顔。

 その異質な空気にシータスも赤毛の男も、もちろんセイン達でさえ割り込む事は出来ないでいた。

 やがてリリアナの口がゆっくり開かれる。

「大地を侵犯する汚らわしい闇の住人共よ……我が怒りを知るがいい……!」

 その声は普段のリリアナとは全く違った、聞く者を震え上がらせるほどに低く、それだけで恐ろしさを感じさせるほどだった。

 そして次の瞬間、天からさきほどの魔法よりももっと速く、かつ巨大な落雷がリッチを貫いた。

 あまりにも巨大過ぎた雷は辺りをまるで一瞬昼間に変えたのかと思うほどに明るく照らし、その雷鳴はその場にいた全員の鼓膜を破壊せんばかりに強く響いた。

「ぎゃあああーーーっっ‼︎‼︎」

 落雷を食らったリッチは真っ黒に焦げ、人間ならば喉が張り裂けそうなほどの絶叫をあげて苦しむ。

 誰が見ても勝敗は決していた。

 この隙を見逃さなかった背後からシータスの剣筋が美しい弧を描き、叫び続けるリッチの首をはねた。

 悲痛な叫び声をあげていた首は地面に転がり落ちてから静かに絶命し、体もドタリと倒れこむと、首も体もまるで煙のようになって消滅した。

「やった……」

 シータスが呟くと民兵達のワァーッという歓声があがった。

 リリアナのほうは民兵達の歓声を聞いた瞬間、気絶しガクリと膝から崩れ落ちた。

「あっ、おい!リリアナ!」

 赤毛の男が慌てて彼女を抱きとめた。

 一瞬、死んでしまったのかと思ったが気を失ってるだけだと分かると安堵のため息が漏れた。

 仲間達の回復を行ってくれただけでなく、自分をかばってくれ、その上リッチに強力な魔法で対抗した少女。

 正直、そう大した奴じゃないと見くびっていた。

 きちんと恩返ししないといけないな……。

 少女の顔を見ながらそう思っていると

「リリアナちゃん!」

 聖騎士の男が駆け寄ってきた。後ろに黒髪の男もいる。

「すまない、ありがとう」

 シータスは赤毛の男に礼を述べながら気を失っているリリアナを抱き取り、そのままセインに優しく慎重に受け渡しながら

「セイン、すまないがリリアナちゃんを宿に連れ帰って休ませてやってくれ。多分、魔力を使い切ってしまったんだ。しばらく目を覚まさないとは思うが、起きても魔力が十分に戻るまで思うように動けないだろう」

 そう説明するとセインも

「ああ、わかった」

 とリリアナの顔を見ながら返事をする。シータスも複雑な心境で彼女の顔を見た。

 その顔はいつも見慣れた無防備な少女の顔つきだ。先程の面影は見られない。

 予想だにしていなかった光属性の攻撃魔法。そしてまるで別人のようになり強力な落雷をおこした。

 一体あれはなんだったのか……後で彼女に訊かないといけないな……と二人は思った。

「セイン、俺は街の人達と後片付けなんかを手伝う。……それと」

 シータスは再び赤毛の男に目をやる。

「君たちにも手伝ってもらいたいんだが……頼んでもいいか?」

 赤毛の男は頷きながら

「ああ、もちろん構わないぜ。その子には借りもあるしな」

 そう言って口角を上げた。それにつられる様にしてシータスも微笑んだ。

「名前を言ってなかったな。俺はシータス……シータス・リッターオルデン。オレオールから来た聖騎士だ」

「俺はアンデッドハンターのセイン・シュヴァルツだ」

 シータスにならってセインも自分の職業と名を口にする。

「俺はオルハ・マクティラ。盗賊団キャンロディの頭だ」

 彼がそう言うとシータスもセインも盗賊と聞いて「やっぱりか」と思った。

 しかし盗賊が人助けとはどういう腹積もりだったのだろうか。

 あまり印象の良くない存在の善行に一定疑念を抱く。

 しかしオルハのほうもオレオールの人間がなぜこんな町にいるんだ、と疑問を抱いていた。

 しかも聖騎士にアンデッドハンターに修道士という妙な組み合わせ。

 そういえばあと二人ほど女もいたな。一人は格好は魔術師っぽかったが弓も使えるみたいだった。

 もう一人は軍服姿で銃を使う女だったからガンナーなんだろう。

 こいつらなんなんだ。

 それがオルハの印象だった。

 だが、双方とも自分の考えは気振りも見せず、

「じゃあ行こうぜリッターオルデンさん」

「ああ、そうだなマクティラ。じゃあセインはリリアナちゃん頼む」

「ああ……」

 とそれぞれの目的へ足を向けた。

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