第29話「キャンロディ」

 悲しみに暮れるラビアンを支えるシータス、怯えるリリアナを優しく抱き寄せるアリス、そして淡々と目標を見据えるセイン。

 慎重に歩き続けた五人は遂に街の門付近でゾンビの大軍を従えるリッチと対峙している民兵軍を発見した。

 民兵の方が数が多いように見えたが、様子のおかしい人間が何人かいるようだ。

 どうやらリッチの繰り出す状態異常を引き起こす魔法を受けたらしい。

 戦う民兵達の後ろで、顔色悪くグッタリと身動き出来ない者、錯乱状態にある者はうずくまって目を虚ろにしながら怯えていたり、何かを叫びながら暴れまわっているのを仲間に取り抑えられていたりと、まさに混沌と化していた。

 シータスはチラリと隣のラビアンを見た。

 もう泣いてはいないが、涙の枯れたその表情には覇気がなくボンヤリとしている。

 支えてやってる体もシータスが離れてしまったらぬいぐるみのようにくたっとへたり込んでしまいそうなほど弱々しい。

 この光景を見てもこんなに腑抜けた状態ならまだ彼女は平常心ではないということだ。

 まあ、目の前で恋人を失ったらどんな人間でも平常心ではいられないものだ。今のラビアンは別の意味では正常な人間であると言える。

 シータスは次にリリアナを見た。

 少女は手で口をおさえて涙を滲ませていた。

 彼女のほうの精神状態はまだ大丈夫らしいと思った。

「リリアナちゃん」

「はい……?」

「悪いが君の力であの兵士達の回復を頼めるか?」

 シータスのその言葉を聞くと、リリアナは彼の視線の先にいる民兵達の姿を確認し、そして再びシータスの目を見て

「はい!わかりました!」

 とはっきり答えて状態異常にかかっている民兵達の元へ走った。

 その姿をシータスと共に見届けるセインとアリス。先に口を開いたのはアリスだ。

「シータス、私達も街の人に加勢しましょう」

 アリスはハンドガンの銃弾を確認しながらそう言う。

「ああ。だが、リッチには魔力を持たない物理攻撃は効かない。俺のような聖騎士か、光魔法の使える魔術師じゃないと……」

「光魔法……聖職者じゃないと使えない魔法よね?」

「ああ……」

 三人は自然とまたリリアナの姿に目を向けた。

 毒化して動けないでいた兵士に浄化の力を使って回復させている。

 優しい表情で何か声をかけていて、さながらその姿は天使のようだった。

 その隣では錯乱状態から回復した兵士が装備を整えながら、不思議そうな顔でリリアナを見ている。

 魔力を使わないあの特殊能力。もちろん詠唱もいらない。戦場では誰もが欲しがるだろう。

 それがいまこうして手中にあるのはかなり幸運な事なのだが……。

「セインとアリスは民兵と共に手下のゾンビを減らしてくれ。俺だけでリッチに挑む」

 シータスは無気力状態のラビアンを近くの民家のそばに座らせながら二人に告げる。

「お前だけであのアンデッドの王に勝とうというのか?」

 セインが半ば苛立たしげにシータスに食いつく。

 シータスは自分の剣を見つめ

「俺しかいないだろう」

 と、剣を勢いよく振り下ろす。セインもアリスもその正論に言葉もないようだ。

「聖剣魔法もいくつか会得している。仮にも聖騎士団長だからな」

 シータスは二人に少し微笑んで見せた。

 すると、突如その戦場の空気が一変する出来事が起きた。

 何が起きたか、いきなりわぁーっと民兵達の歓声があがったのだ。

 まさかアンデッドの軍団を打ち破ったのかと、三人が戦場に目を向けるがそうではなかった。

 何者かが民家の屋根から弓矢やボウガンでアンデッド達に矢の雨を降らせていたのだ。

 暗くてよくわからないが若い男達がパッと見ただけでも十数人。

 あちこちの民家から矢を放っている。民兵達は流れ矢に当たらぬよう頭上に盾を掲げながら敵陣から距離を取り始めた。

「あれは……あれはなに?民兵……なのかしら?」

 大量の矢の雨はゾンビを次々と仕留めていく。

 この集団を指揮しているのはひときわ目立つ容姿の二十代くらいの青年だ。

 褐色の肌に赤毛という、この地域では珍しい身体的特徴。

「上翼の陣!攻撃開始!」

 彼の指示が時折聞こえてくる。

 ただ、彼を含めた若者達の姿は……。

「盗賊か……?」

 武装こそしているが戦闘向きの装備ではない。ハンターにも似ているが、もっと身軽さを重視した装備。

 その色合いもどちらかというと闇に溶け込みやすい暗い色ばかり。フードやマスク、ネックウォーマーで顔を隠している者もいる。

「おいガイコツ野郎!お前らは俺達“キャンロディ”が全滅させてやるぜ!」

 リーダー格の赤毛の男が不敵に笑いリッチを挑発すると、再び若者達が矢の雨を降らせた。

 次々にゾンビを射抜き確実に数を減らしていく。

 だが、やはりリッチにだけは矢の攻撃は効かない。

 自分の周りに結界を張り、矢は全て跳ね返されていた。

「くっそ、なんなんだあいつ……!」

 赤毛の男は唇を噛み苛立たしげにリッチを睨む。

 そのリッチは屋根の上の邪魔者達に目をやると、

「愚かな人間どもめ……」

 忌々しげに呟き、手にしていた杖を高くあげ詠唱を始めた。

 魔法を放ってくる気だ、と誰もが思った。

 シータスも剣を構えて同様に詠唱をする。

 どんな魔法を放つつもりかわからないが無防備な彼らを目の前で犠牲にするわけにいかない。

 しかし先に詠唱を終えたのは

「ダークプラズマ!」

 リッチのほうだった。杖から放たれた禍々しい稲光が数人の若者に直撃する。

「があっ!!」

「うぐっ!」

「うああぁぁっ!!」

「ナヴァド!クルアハ!クルーヴ!」

 赤毛の青年が闇魔法に倒れる仲間の名前を叫ぶ。

 シータスはそれを見て悔しそうに顔を歪めながらも詠唱を続け、そして

「ホワイトファング!!」

 剣を勢いよくリッチに振りかざすと白く光り輝く刃が放たれた。

「!!」

 油断していたリッチは慌てて杖でそれを受け止めた。そして魔力を集中させシータスの聖剣魔法を打ち消す。

「まさか聖騎士がいたとはな……」

 リッチの敵意は完全にシータスに向けられた。剣を構え直しシータスもリッチを強く睨みつける。

 吸血鬼の王の前にアンデッドの王と対峙する事になるとは予想外だった。

 まともに戦えるのは自分のみ。

 動揺する自分の心を落ち着けながら次の攻撃に備える。

「弱い者イジメは今夜で終わりにしてもらおう」

 シータスはリッチに斬りかかった。


 その傍ら、負傷兵の回復を終えたリリアナは今度は負傷した盗賊風の若者達のほうに視線を移した。

 強力な闇魔法を受けた若者らは仲間に支えられながら屋根から降り、怪我の手当てを始めていた。

 麻痺して動けない者もいるようだ。あのリーダー格の赤毛の男もそばについている。

 重傷を負っている彼らをあのままにはしておけない、と思った。

 あの人達も治療した方がいいよね……。

 見た目はワルモノっぽいけど、あのゾンビの軍団をほとんど倒してくれたし……。

 怖いけど……声かけてみよう。

 怖がって何もしないで後悔するような結果とかだったら……絶対自分を許せないままになるし。

 リリアナは勇気を出して彼らに近寄り

「あのっ……そ、その……治療、しましょうか?」

 と、声をかけると全員がリリアナを見る。

 当然なのかもしれないが、いぶかしげな表情ばかり。

「はぁ?なんだ、あんた……カッコは神官かなんかみたいだが」

 あのリーダー格の男がつかつかとリリアナの前に歩み出てジロジロと眺める。

 近くで見てますます珍しい。彼の瞳の色は空の色にも似た碧眼だった。

 元々引っ込み思案のリリアナは彼の貫録に少したじろいでしまうが、それでもそこに怪我人がいて自分の力で治せるのだ。

 引っ込んではいけない。勇気を出すんだ、と自分を奮い立たせる。

「……はい。治癒の力が使える修道士のリリアナ・フロイラインという者です。お怪我をされた人の治療をさせてください」

「ふーん」

 リリアナの震え声の申し出に赤毛の男はため息交じりの相槌を返し、再び怪我をした仲間の様子をうかがう。

 確かに三人は強力な魔法を受けて重傷の身だ。

 もちろん、仲間に回復魔法を使える者なんていないし自ら回復を申し出る人間がいるのならこんなに有難い事はない。

 それでなくとも自分達は風体の良くない集団なのだ。 

「ふー……わかった。修道士の……リリアナさんだっけか?面倒かけるけど頼むわ。一応、確認だけど金とったりしねえだろうな?」

「え?お金?い、いいえ!そんなのいらないです!」

 予想しなかった断りにリリアナは慌てて強く首を振る。それに対してようやく赤毛の男は表情を緩めた。

「まぁ、それならいいんだけどよ。俺は戦闘に戻るからあいつら頼むぜ」

 男はそう言い、おもむろに腰から下げた曲刀を抜いた。

 美しい刃紋をもち、まるで三日月のようだとリリアナは思った。

 男は、刀に見惚れるリリアナには気付かず足早にリッチとシータスの元へ向かった。

 シータスとリッチの戦闘はほぼ魔力のぶつかり合いだ。

 闇魔法と聖剣魔法がお互いを削り合う。

 力こそは互角だが魔術師ではないシータスは、この状況が続けばいずれ自分の魔力のほうが先に尽きてしまうと思っていた。

 そうなった時は敗けが確定する。

 その未来が見えてしまっているのが悔しくてならない。

 なにか、決定的な何かが欲しい。

 そう思っていると。

「助太刀するぜ、聖騎士さんよ!」

 先程の赤毛の男がリッチに力強く切りかかった。

 ただ、やはりリッチの結界に阻まれ、反動で赤毛の男の身体が弾かれてしまった。

「うあっ!」

 赤毛の男は弾き飛ばされたながらも受け身をとって戦意劣らぬ強い眼差しでリッチを睨みつける。

 だが、この予想外の敵の登場にリッチの集中力は明らかに散漫になった。

「くそっ!」

 赤毛の男は立ち上がりながら再び曲刀を構える。

「小賢しい!」

 大した邪魔者ではないと判断したリッチは再び詠唱を始める。それを見たシータスは

「させるか!」

 魔力を集中させた剣を振るう。が、素早く杖で弾かれてしまった。

「…………!」

 仮にも剣士相手に魔術師がなんという力なのか。

 いや、もはや生者ではないのだから力は関係ないのか、と思った。

 防御に徹しながらも攻撃魔法の詠唱を続けるリッチ。

 そして遂に、

「シャドウスラッシュ!」

 リッチの攻撃が繰り出された。真っ黒な刃が数枚、赤毛の男目掛けて飛ばされる。

「!!」

 赤毛の男は驚いて曲刀を掲げ、ぐっと目を瞑って魔法の衝撃をその身に受ける事を覚悟した。

 だが、その衝撃はいつまで経ってもやってこない。

 おそるおそる目を開けるとそこには、あの修道士の少女の背中があった。

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