第28話「視線の先」

 突然の宣告に誰も微動だに出来なかった。

 ラビアンの言葉にセインが黙っているだけという事は、彼は本当にイリヤを殺してしまったのか?とたまらず口を開いたのはシータスだった。

「セイン……本当なのか……?」

 彼の言葉にセインはチラリと視線を移し、再びラビアンへと視線を戻すと落ち着いた声で答えた。

「正確には、『イリヤだったもの』だ」

「……そうか……そういう事か……」

 シータスにとってはその言葉だけでも充分、何が起きたのか察することが出来た。

 イリヤが、あの忌まわしい存在になってしまったのか……そして……死んだ。

 諦めたように目を伏せ、長いため息をついたシータス。ぎりり、と歯を噛みしめる。

 一方、状況を理解出来ないアリスとリリアナは、おろおろと落ち着きなくラビアンやセイン達に交互に視線を変える。

 やがてたまりかねたようにアリスも訊ねた。

「ねぇ、一体何があったのよ!?イリヤはどうなったの!?」

 彼女の問いにもやはりセインは、ラビアンから矢を向けられているとは思えないほど落ち着き払った口調で話し始めた。

「俺が駆けつけた時、ラビアンはゾンビ化したイリヤに馬乗りにされて襲われていた。迷っている暇はなかった……やむなく彼女の目の前でゾンビ化したイリヤの首を撥ねた」

「うゎ…………」

 セインの言葉にアリスも顔を歪め、リリアナは口に手を当て泣きそうになるのをこらえる。

 シータスも目を固く閉ざし血が滲みそうなほどに唇を強く噛んだ。

 イリヤがゾンビと化した。

 そしてセインが彼の首を飛ばした。

 という事は、イリヤは……死んだ……。

 その事実がもたらす悲しみがアリスとリリアナの内部に染み渡るには思っていた以上に時間がかかった。

 信じがたい事だった。

 あんなに自信に満ち溢れ、誰よりもパワフルでエネルギッシュだった人間が闇に犯され死んだのだ。

 しかも彼と恋人であるラビアンはその一部始終を目の当たりにした。

 その衝撃ははかりしれないだろう。

 となれば、今セインに怒りの矛先を向けてしまっているのは、そのイリヤの死亡を受け入れられない動揺が大きいのだろう。

 とはいえセインには何も罪は無い。

 むしろ再度ラビアンを命の危機から救ったのだ。

 しかし彼女は誰かを憎まなければ気が済まないらしい。

 弓を引く手に力を込める。

「お前が……お前がイリヤを殺したんだ!お前も地獄に落ちろ!」

 普段にはないラビアンの乱暴な口調。

 燃えるような瞳はセインを焼き尽くしそうなほど鋭く尖っている。

 今にも彼女の手から矢が放たれそうだ。

 見兼ねたアリスがホルスターからハンドガンを抜き、その銃口をラビアンに向けた。

「武器をおろしなさいラビアン!あなたがセインを射ぬけばいくら私でもあなたを撃つわ!」

 アリスの予想外の行動にシータスとリリアナ、そしてラビアンも信じられないといった表情を浮かべセインでさえ眉をひそめた。

 アリスは更に続けた。

「私の腕は知っているわよね。わかったら弓をおろしなさい!」

 そう言ってカチリと銃の撃鉄を引いた。

 アリスのその姿に明らかに動揺の色を見せたラビアンだったが弓をおろす事は無く、代わりにぐっと歯を食いしばった後に吐き捨てるようにこう返した。

「だったら尚更こいつを道連れにしてやる!!」

 まるで自分の中の動揺を振り払うかのようにセインを強く睨み付けるラビアン。

 しかしセインは行動を起こす様子もなければ口を開く様子も無く、淡々としてラビアンを見つめるのみだった。

 その彼の代わりに闘志を燃やすのはアリスだ。

「その矢をおろさなければ、あなたの腕に風穴があくわよ!!」」

「上等だよ!」

 顔に似合わないアリスの脅し文句にもラビアンはひるむ様子は無い。

 どちらも一歩も引かない緊迫した空気が流れシータスも彼女達を下手に刺激しないようにと、何も行動も発言も出来ず、ただ彼女達を見守るしかなかった。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 セインは今何を考えてる?

 チラリと彼を見やるシータス。

 セインはまるで表情を変えず人形の様に微動だにする事無くたたずむばかりだ。

 しかし紫色の瞳は野生の猛獣のように相手の姿をとらえて放さない。

 その彼の瞳に映るラビアンは、唇を噛みしめ矢を握っている。

 アリスの瞳にもラビアンが消える瞬間など全く無く、三人の睨み合いは延々と続くかに思われた。

 しかしとうとう、この凍り付いた空気に耐え切れなくなった少女が亀裂を与えた。

「もう嫌ぁ!!二人ともやめて!!やめてよぉーっ!!」

 リリアナの泣き叫ぶ声が辺りに響いた。

 両手で顔を覆い、その場にかがみこむリリアナ。

 その彼女の姿にうろたえるアリスは構えていた銃を少しだけ降ろした。

 ラビアンも弓を構える姿こそ変わらないがその表情に浮かぶものは動揺以外のなにものでもなかった。

「おかしいよ、こんなのっ……うぅ……なんで……?なんで仲間同士でこんなふうに憎しみ合わなきゃならないの……?誰も悪くないじゃない…………」

「リリアナちゃん……」

 泣き崩れるリリアナにシータスがそっと寄り添う。

 彼女のこの泣き声を聞いたアリスは後悔の色を浮かべると銃を降ろし、俯いた。

 何をやっているんだろう、わたし……。

 チラリとセインを見ると彼もアリスを見ていた。

 凍りついた眼差しは、明らかに蔑みに染めた瞳。

 じっと見つめるには耐え難く思わず目を逸らしてしまった。

 私は……あなたを守りたかっただけなのよ……。

 そんな言葉も口に出した瞬間、ただの白々しく響くみすぼらしい言い分けになってしまいそうで声に出して言うのはためらわれた。

 アリスは完全に戦意を喪失したが、まだラビアンがセインへの敵意を維持している。

 セインも未だ冷静を保ったままそこから微動だにせず、その姿はまるで挑戦的でもあった。

 見兼ねたシータスが彼女にできるだけ穏やかな声で語りかける。

「ラビアン……もうよすんだ。そんな君の姿……イリヤが悲しむぞ」

 彼のその言葉を聞いてラビアンは思いつめたようにギュッと目をつぶ

「うわあぁぁぁぁーっ!!」

 と叫んだかと思うと、今まで握っていた矢を放った。

 しまった、と思わず声にもらしていた。

 その矢はイリヤが放つほどではないが、勢いをつけてセインをめざす。

 セインにあたる!

 その場にいた誰もがそう思った時だった。

 セインは持っていた刀で飛んできた矢をなぎ払い、そのまま刀を鞘に収めた。

 刀によって真っ二つに折れた矢はカランという寂しげな音を立て、地面へと転がった。

 それを見届けたラビアンはどこか安心した表情をうかべ、項垂うなだれるように座り込んだ。

「うっ……うっ……イリヤぁ……ああぁ……!」

 一度は枯れたラビアンの涙が再び彼女の頬を濡らす。

 シータスが彼女に駆け寄ったが、こころの崩れゆく彼女にかける言葉も見つからず、ただただ傍に寄り添うことしか出来なかった。

 彼女の悲しみを溶かす言葉など今は存在しないだろう。

 先程までの張り詰めた空気とは一転、そこは悲哀で溢れた地と化した。

 しかしその光景を、民家の屋根伝いに移動を繰り返していた若者達が再び目を配っていた。

 もちろん、あのリーダー格の赤毛の青年もいた。シータス達を白けた目で見ている。

 そこに、街中の偵察に回っていた若者が合流し、

「……御頭、向こうに敵の大将がいるようですが」

 リーダー格の青年に静かに告げる。

 青年は彼に対して黙って頷くと

「よし……近くにいる連中にも伝えろ。指示するまで待機してろってな」

 リーダー格の青年がそう言うと他の若者達も静かに頷いて、再度屋根から屋根への移動を始めた。

 そこに残されたのは青年ひとり。

 彼は失意に飲まれる五人を見下げながら

「ふっ、くだらねえ茶番だな」

 と鼻で笑うと仲間に続いてその場を後にした。

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