第27話「意思の向く方へ」

 一方、宿を砦に攻防を続けてきたアリス。

 宿の部屋の窓から徐々に街が静まって来たのをうかがいとる。

「ゾンビ達の数が減ってきたわね……」

 ここから見えるゾンビはなるべく仕留めた。

 街の中心部はどうなっているのだろう?

 セイン達は無事だろうか。

 イリヤと合流したラビアンも今はどこにいるんだろうか、気になるけれど……。

 アリスはチラリとリリアナを見た。

 少女はベッドに腰掛け、両手を胸のあたりで組んで怯えた表情でアリスを見つめていた。

「……どうしました?」

 アリスの視線を不思議に感じたリリアナが首を傾げて訊ねる。

 アリスはそのまま表情を変えずに口を開いた。

「セイン達やラビアン達の様子が気になっててね……ゾンビ達もほとんど倒したし中心街のほうを見に行こうと思うんだけど、リリアナちゃんはどう思う?」

 リリアナにとっては思いよらぬ言葉だったが特に考え込む様子も無くすぐに返答した。

「そうですね……怖いですけど……私も皆さんの安否が気になります。怪我などされているなら手当ても必要でしょうし」

 リリアナの答えを聞いてアリスも「そうね」と頷く。

 危険はあるが、じっと事の終わりを待つというのももどかしいと二人で宿を出ることにした。

 宿を出て周りを見渡す。特に人の影も無ければゾンビの気配も無い。

 辺りに少しだけ漂う、死臭が鼻腔をかすめ二人は顔をしかめる。

 死臭……ゾンビ達の匂いかしら、とアリスはリリアナを自分の後ろに下がらせ、ハンドガンを手に慎重にその足を進めた。

 ……怖い。

 どんなに戦闘慣れしたアリスでもゾンビという闇の住人を相手にするのには恐ろしさを感じていた。

 つい先日グールとも戦ったがあれだって実際、運の良さに助けられたようなものだ。

 それに加えて今は傍にリリアナがいる。

 この子にもしもの事があれば、それは全部この子を連れ出した私の責任だ。

 だからこそ誰か心強い人と合流したいのだけど。

 そんな事を思いながらも彼女の頭の中に浮かんだ誰かなど、言うまでも無くセインの姿しか無かった。

 愛しい男の顔を思い出して胸がきゅっと暖かく締めつけられた。

 早く会いたい。

 無意識のうちに歩くペースが速くなっていく。

 リリアナもそんな彼女に合わせてはぐれないように懸命に早足で歩く。

 すると突然、彼女達の前に現れた影があった。

「!!」

 びっくりしてハンドガンを構えるアリスだったが、向こうもその彼女の姿に驚いたらしく銃を向けられてるのに反応し両手をあげて立ち止まった。

 街灯の織りなす暗がりの下に立つ相手の顔がアリスにはよく見えない。

 しかし、向こうはこちらが誰だかわかっていたようで、困ったような口調で声をかけてきた。

「おいおい……俺はまだゾンビになってはいないぞ。そんな物騒なもの下ろしてくれアリス」

 その声を聞いてアリスもはっとし、銃をおろして確かめるようにその人物に近付いた。

 向こうも彼女の様子を確認すると手を下ろして歩み寄ってきた。

「シータス!びっくりさせないでよ、もう!」

 相手の姿がシータスだとわかるとアリスは脱力したように肩を落とした。

 しかしシータスのほうはむっとして言い返す。

「びっくりしたのは俺のほうだ。どうして宿の外にいるんだ?セインに出るなと言われていたはずだ」

 アリスにとっては痛いところを突かれる。

 うっと呻き、言い吃っているとリリアナが口を開いた。

「すみませんシータスさん。みなさんにお怪我などあったら、と……私は戦えない立場なので少しでもみなさんのお役に立ちたくて……」

 彼女の言葉を聞いてシータスは、はっとした後に穏やかな笑みを浮かべて彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。

「心配してくれたんだな、ありがとう。確かにここ数日、戦闘が起きるその都度に負傷者の怪我の治療にリリアナちゃんは頼もしい存在だった……」

 シータスがそこまで言いかけた時だった。

 彼は彼女達の姿を見てあることに気が付く。

 言葉を切って、不思議そうな表情を浮かべるシータスにリリアナも不思議そうに見つめる。

 先に口を開いたのはシータスだった。

「アリス……ラビアンは?」

「あっ」

 シータスの問いにアリスは口に手を当てて「まずい」という表情を浮かべる。

 それを見たシータスは怪訝そうに彼女の顔を覗き込み「どうしたんだ」とアリスに次の言葉を促そうとする。

 アリスもやや言いづらそうにこうべを垂れながら成り行きを話し始めた。

「彼女ね……実はシータス達が出て行った後、すぐに飛び出して行っちゃったのよ。呼び止めはしたんだけど振り向きもしなくて……ごめんなさい」

「なんだと?それで、どうした?」

「リリアナちゃんを置いていくことは出来なかったから追いかけることは出来なくて……彼女がどこに行こうとしたのか宿の窓から見てたんだけど……どうも彼女、イリヤと一緒にいたかったみたいで……イリヤと何か話してたわ。イリヤが宿を指差しながら何か言ってたけど、きっと彼は『戻れ』って言ったんだと思う。ラビアンは首を振っていたけれど……私もそれを見て彼女は戻る気無いなって……でもイリヤが一緒なら大丈夫かって……そのまま行かせたの……」

「うーん、そうか……」

 アリスの説明を聞いてに落ちないものを感じるも、きっと自分の立場でもラビアンを止めることは出来なかっただろうとも思った。

 シータスも視線を落とし、深くため息をつきながら頭をく。

 イリヤが一緒なら大丈夫、か……。

 確かに彼の弓の腕は優秀だ。

 しかし、だからこそ彼は自分自身を過信するところがある。

 油断して大事にいたらなければいいのだが……。

 嫌な胸騒ぎを覚えながらもシータスは顔を上げ、

「セインと合流しよう。彼はラビアンとイリヤの事を知らないだろうし、こうなった以上は皆まとまって動いた方が安全かもしれない」

 と二人の顔を交互に見ながらそう言った。

 アリスもため息をつきながら「そうね」と呟く。

 そして三人はその歩みを中心街のほうへと向けた。

 その間も悲鳴や叫び声などは遠くの方からしか聞こえなかったが、そこにある光景はまさに地獄絵図だった。

 人間なのかゾンビなのかパッと見では判断のつかない死体の数々。

 同時に徐々に強まっていく死臭。

 戦場に何度も出兵されたことのあるアリスでも目を向けがたい光景だったが、そんなものに全く縁なく育ったリリアナにとってはそれはこの世のものとは思えぬほど凄惨に見えた。

 人がゾンビになってしまうのも哀れだが人間だった者達が人間によって殺されるという胸の痛くなるような酷い状況。

 想像するだけでも悲しくなる。

 リリアナの目に涙が浮かび、口元を抑えながら無造作に転がる死体からきゅっと目を逸らす。

 しかし再び目を開けて足を止めた時、そこにはもっと凄まじい光景が広がっていた。

 シータス、アリス、リリアナの三人は広場にいた。

 そして彼らの視線の先にはセインが左手に刀を持ったままうつむいた姿勢で立っていた。

 うれい気な表情を浮かべる彼の周りには数多くの死体が転がっている。

 全部ゾンビだったのか、人間も混じってるのか、はたまた人間だったものなのか。

 ただ言える事は、死体の数に反して血痕がほとんどみられないこと。

 それはゾンビ戦独特の光景だった。

 死の香りで充満された死体の山の中、でセインは独りでたたずんでいる。

 何を思っているのだろうか。

 悲しそうにも見えるその雰囲気から彼に声をかけられるのがためらわれる。

 彼に話しかけるつもりだったアリスとシータスは思わず言葉を失くして立ちすくんでしまった。

 しかしリリアナは彼の身を案じる気持ちの方が強く立ったらしい。

「セインさん!大丈夫ですか!」

 そう声をかけながら彼に駆け寄る。

 彼女の声にセインも目が覚めたかのように我に返り、直後は驚いたような顔をしてリリアナを見つめていた。

 彼の元で足を止めようと思った瞬間、リリアナは死体の腕につまずきよろけてしまったが近くにいたセインがその様子を見て慌てて彼女の体を抱き留めて支えた。

「おい……平気か……?」

「あっ、あの、すみません……」

 体を支えられたリリアナはセインの顔を見ると気恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を逸らした。

 セインはそれに対しあまり気に留める様子はなかったものの怪訝な顔で、彼女と立ちすくんでいるアリスとシータスの姿を交互に見やる。

「……どうしてここにいる?」

 そして静かな声でセインは彼らに訊ねた。

 その問いにシータスが彼に歩み寄って説明を始める。

「実は…………」

 彼の説明を聞いている間、セインはほとんど無表情だったがラビアンとイリヤの名前を聞いたとき刀を持っていない右手を握り締めていたのをシータスは見逃さなかった。

 表情を変えないあたり、怒っている訳ではなさそうだが……。

 シータスは彼の握られた右手を見ながら説明を終えた。

「わかった……」

 セインの呟くようなその一言はやけに耳に残る声だった。

 どこか悲しい響きにも聞こえたからだ。

 シータスは気のせいだろうか、とあまり気にしないようにしながら次の行動を彼らに促そうとした。

 イリヤ達を探そう、と言うつもりだった。

 しかしその彼より先に言葉を発したのはリリアナだった。

「あ、ラビアンさんがあそこにいますよ!」

 リリアナの指差した方向に視線をやると、確かにローブを身に纏ったポニーテールの女性が近付いてくるのが見えた。

 彼女がラビアンであることは間違いないがどこか様子が変だった。

 イリヤがいないことと、彼女が弓を持っていること。

 なぜかただならぬ空気を感じ、誰も彼女に駆け寄ろうとはしなかった。

 そして一定の距離まで近付いた時、ラビアンは矢筒から矢を引き、弓の弦にそれをかけ、セインに狙いを定めて矢先を向けた。

「よくもイリヤを殺したな!」

 ラビアンの口から発せられた言葉にセイン以外の三人が驚き、そして表情を変えないセインを見つめた。

 セインはただ、ラビアンを冷たく見つめるだけだった。

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