第24話「命の行方」

 イリヤと別れたシータスとセインはゾンビの群れと戦う民兵みんぺい達と合流し応戦していた。

 彼ら民兵達と合流するまでに街の中で何体か死体も見かけた。

 それは首の無いものが多く、誰かがゾンビと戦った後だろうという予測はついたし、時には首の無い真新しい人間の死体まであった。

 おそらく戦闘中にゾンビに咬まれ、その後人間に殺された民兵の姿に違いない。

 これが本当の恐怖なのだ。

 今まで隣で戦っていた仲間を殺さなければならなくなる瞬間。

 それがアンデッド達に咬まれた瞬間であり、アンデッド達との戦闘では常にこの恐怖とも戦わなければならない。

 この街の民兵はその姿から、そういった恐怖と悲しみを何度も経験してきたのだろう。

 セインとシータスもその誇りあるその姿に敬意を表し、ゾンビとの戦いでゾンビへと変化してしまった人間達の体にはなるべく無駄な一撃を与えず急所を一発で決められるように剣を振るっていった。

「うわああぁぁぁ!」

 ふと民兵の悲鳴がシータスとセインの耳に届き、そちらの方向を見やると若い男の民兵がゾンビに押し倒され今にも喰われようといていた。

 彼の近くにはすぐに応戦できる民兵達もおらず、それに反して寄ってくるゾンビは増えてきていて放っておけば彼は間違いなく餌と化し、その後はゾンビとして這い回る存在となってしまう。

「シータス、行ってやれ!」

 ゾンビと応戦中だったセインは手が離せず、ゾンビを見据えたまま近くにいたシータスに呼びかけた。

 その言葉を聞いたシータスも剣を構え直し

「ああ、わかった!」

 と答え、民兵の元へ駆け出した。

 押し倒されている民兵は槍の柄の部分で必死にゾンビの牙を寄せ付けないよう抵抗しているが、その抵抗する体力が長く続かない事は目に見えてわかった。

「そのまま動くなよ!」

 シータスは剣を振り上げ、下敷きになっている民兵に気をつけながら一気に剣をゾンビの首へと振り下ろした。

「はぁっ!!」

 ザクッという音が響き、飛ばされた首はドンッと地面に落ち一回バウンドした後、鈍く転がりゆっくりと止まった。

 首を失った体はどさっと馬乗りにされていた男の体に倒れこむ。

 若い男の民兵はその衝撃でうっと呻き声をあげたがすぐに死体を押しのけ、シータスの手を借りながら起き上がった。

「あ、ありがとう……危うく俺もゾンビになってしまうところだったよ。ホント助かった」

 立ち上がった男はシータスに弱い笑みを浮かべながらそう礼を述べる。

「いえ、あなたが無事で良かった」

 シータスも穏やかな表情で彼の顔を見ながらそう答えた。

 若い青年はシータスよりやや年下、といったところだ。体つきもしっかりしており、いかにも戦場向きに見えた。

 おそらく街中の男性達が戦いに参加しているのだろう。

「あれ……?あなたは……街の人間じゃないですね?」

「ああ、オレオールの聖騎士だ。事情があって旅をしてる途中でな」

 若者はシータスの言葉に少しばかり表情を明るくした。

「聖騎士さまですか!それは心強いです!」 

 神の加護を受け聖なる力を宿す聖騎士がどれだけ有利な存在か。

 それはアンデッド相手でなくとも闇の生き物相手全てに言える事だった。

「街の人達は……随分と戦いなれているようだが……多いのか?こんなふうに街に攻め入ってくるのは……」

 シータスはずっと気にしていた事を青年に訊ねた。

 すると青年は悲しげな表情をし唇を噛む。そして

「リッチがいるんです……この街の人間を全員しもべにするつもりなのか、ただただ全滅させる気なのかわかりませんが……」

 そう言うと武器を握る手に力を込めた。

「リッチ……死霊使いがいるからか……」

 シータスも同様に顔を歪めた。

 リッチ。高度の魔術師が不死の肉体を手に入れるべく自ら望んでアンデッドと化した非常に危険な存在だ。

 ゾンビと決定的に違うのは高い知性は生前と変わらないままだという事。

 アンデッド達を従えて人間達を襲う脅威の闇の王の一人だ。

 元が高位の魔法使いなだけに非常に高い魔力を持ち、強力な魔法を使う。

 しかも闇の魔法は毒化や精神錯乱など状態異常を引き起こすものばかりだ。

 聖騎士の自分の武器をもってすれば互角に戦えるだろうが、正直言えば光魔法に長けた使い手が味方に欲しいところだが。

 この街にはそのどちらもいないから核ともいえるリッチを討てず何度も攻め入られているのだろう。

「聖騎士さま、どうかリッチを討ち破ってもらえませんか!もちろん、私たち街の兵士も共に戦います!」

 青年が懇願するのを見てシータスは戸惑いながらも頷いた。

「ああ、聖騎士としてそんな悪しき存在を放ってはおけない。こんな凄惨せいさんな戦いは今夜で終わりにするべきだ」

 そうだ、繰り返していいものじゃない。自分がここに辿り着いたのも何かの宿命だ。

 青年は安堵の色を浮かべ、ぐっと口角をあげた。

 心強い存在から心強い言葉を聞けた。それだけで勇気がわいた。

 若い民兵はシータスにお辞儀をすると

「では戦闘に戻りますので失礼します!聖騎士さまと我々に武運を!神の御加護を!」

 ときびすを返し、近付いてきていたゾンビに向かって行った。

 そうこうしているうちにようやく他の民兵達も集まってきていることに気付いた。

 シータスがセインの方を見やると彼もゾンビの群れに刀を振るっていた。

 その光景の凄まじさを改めて再認識する。

 セインの刀は素早くも確実にゾンビ達の首を切り飛ばしていく。

 ゴロゴロと転がり落ちるゾンビの首。

 その度に聞こえるグオォォォやらギャアアァァというゾンビの悲鳴は人間の声にも似ていてゾクリとさせるものがある。

 それにも構う事無く街灯に照らされキラリと光を跳ね返すセインの刀はすでに次のゾンビに狙いを定めている。

 ゾンビからの攻撃も彼は踊るように華麗に交わしていき、アメジストのような瞳には常に自分の生業なりわいの相手であるゾンビの姿が映っている。

 まるで水を得た魚のように活き活きとして見え、まるでここが俺の居場所なのだと言わんばかりに機敏に戦闘をこなしていくセインの姿はある意味、健康的にも見えて皮肉だ。

 シータスは剣を構え直し近づいてきたゾンビ達にその剣の切っ先を向け彼らの首に狙いを定めた。

 こんな光景、長く見ていたくはない。

 彼は構えていた剣を振り上げた。

 彼の瞳に映ったゾンビの姿に胸が痛くなった。

 なんということだ。

 死してなお人を襲う化け物として在り続けなければならないなんて。

 こんな悪夢、早く終わらせるべきだ。

 彼は胸の痛みをこらえるように目をギュッと瞑った後、意を決したように目を見開いた。

 そして自分に襲い掛かってきた子供の姿をしたゾンビの首をねた。

 涙越しに小さな頭部が重い音と共に無造作に転がっていった。

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