第23話「心の在処」
ヘルダイバー処理後はあまり休憩もせず暗くなるまで、しばらく歩き続けていた。
結局、肉の方は食に向かないという事で羽毛だけイリヤが回収した。
皆、前日まで充分に休息をとったからか疲れの色も大して見せず、リリアナも弱音を吐く事無く街に辿り着くまでしっかりとした足取りだった。
少しずつ体力がついてきたのか。
街で宿をとる頃にはあたりはとっぷりと日が暮れ、星も見え始めていた。
大きく栄えた街で人の通りも多かった。
「今夜の宿の部屋割りは男三人、女三人の振り分けだ」
シータスがアリスに鍵を渡す。
「はーい、ゆっくり休ませてもらうわ」
鍵を受け取るとそれぞれ部屋へと向かった。
疲れはあまり感じていないと思っていたが、部屋に入ると自然とため息が出た。
それもそのはず。彼らは朝からほとんど歩き通しなのだ。
おまけに戦闘もした。
リリアナもベッドに座るとしばらくぼんやりしていた。
いっぱい歩いたし身体も疲れてるけれど……前と疲れ方が違う……。
セインさんの事をいっぱい考えたし、傍にいられる時間が嬉しかったし……。
そんな事を考えていた。リリアナはチラリとアリスを見た。
銃の弾の確認をしながら手入れをしていた。
ブロンドに輝くロングヘアをゆるく束ね、武具を脱いで軽装していたが元々持ち合わせる気品は全く損なわれていなかった。
……綺麗なひと。
強く美しく、明るいお姉さん気質のアリス。
彼女もおそらくセインに恋心を抱いている。正直なところ、リリアナは自分の中の恋心に気付いてからアリスに対して少しばかり劣等感を抱いていた。
彼女と自分を比べた時、自分が彼女に勝るものは何ひとつ無く、あたしじゃセインさんとはつりあわないな、と深くため息をついた。
そんなリリアナの姿を見兼ねたラビアンが、心配そうな面持ちでリリアナの顔を覗き込んだ。
「リリアナちゃん疲れてるみたいだね。今日は早めに休もうね……」
優しいラビアンの言葉に少しだけあたたかい気持ちになったリリアナも弱々しく微笑み、
「あ、心配させてしまってスミマセン。ちょっと考え事をしていたものですから」
と言って、首をすこし傾げた。しかしそれを聞いたラビアンは、ますます心配そうな顔になり
「考え事か……そうだよね、こんな旅だもん。グールの襲撃だって充分怖い思いをしたのに、私達は吸血鬼の王を皆既日食までに倒さなきゃならないんだもんね。色々考えちゃうよね……」
と言って俯いてしまった。
そのラビアンの言葉にもリリアナははっとした。
そうだ、あたしには大事な宿命があるんだ。
吸血鬼の王の討伐と聖杯の奪還。
そして……セインさんからの依頼の遂行。
この三つがあるかぎり、あたしは恋なんてしてちゃダメだ。
何を浮かれていたんだろう。
自分の使命を忘れてはだめ。
こんな気持ち捨てなきゃ。
……終わらせなきゃ。
リリアナは胸の痛みをこらえながら、うつむくラビアンの手をとり優しく微笑んだ。
「大丈夫です。きっと終わらせます。そして魔物も、吸血鬼達もいない平和な世界をむかえましょう」
力強い言葉でありながら、そう言った彼女の瞳に悲しみの色が浮かんでいるのをラビアンは見逃さなかった。
夜も更け、街は次第に静まっていき賑わいの光も薄らいでいくのに対して、月は色濃く光り星の輝きも増えた頃。
人々も寝静まり別室のリリアナ達は勿論、同室のイリヤも気持ち良さそうに寝息をたてているというのに、セインとシータスはまだ起きていた。
窓辺で月を眺めているセインにシータスが
「眠らないのか」
と静かに声をかける。
セインは視線を変える事なくシータスの問いに答えた。
「胸騒ぎがしてな……気のせいかもしれんが」
彼の何かを警戒するような言葉はシータスの胸も騒つかせた。
そもそも彼はオレオール国唯一の優れたアンデッドハンターだ。吸血鬼を始めとするアンデッドの気配を野生の獣並に鋭く察知する。
今までの付き合いからシータスは彼の感じてるものは、あながち間違ってはいないだろうと思った。
シータスは無意識に自分のベッドの側に置いた剣の位置を確認した。
「皆既日食まであと八日ほどだからな。吸血鬼達も力を強めているだろう。いつ襲われてもすぐに対応出来るように警戒は必要だな……」
そう言いながら視線を剣からセインへと戻した。
セインの方はというと黒い髪をかきあげながら椅子から立ちあがり、刀を手にとりそれを軽く抱えるようにして自分のベッドに腰掛けた。
「あと八日か……」
独り言のように呟きため息をつくセイン。
その胸に抱くものは、不安だろうか恐怖だろうか、それとも全く別の感情だろうか。
シータスは顔をしかめてセインを見つめた。
と、その時突然、窓の外からカンカンカンと激しく打ち鳴らされる
何事だ、と
そして先に窓に駆け寄ったのはセインだった。
眉間にしわを寄せて、外の様子を伺っている。
「う〜……な、なんの音だぁ?」
目をこすりながら、ぶつぶつ文句を言うイリヤだったが二人は彼を無視しながら窓の外の様子を探った。
やがて、外に見える何かをその目にとらえたらしいセインの顔は鬼気迫るものへと表情を変え、呟くように口を開いた。
「やはり、来たか……!」
セインとシータスにとって、本当の恐怖をもたらしかねない存在が彼らの瞳に映った。
それはこれまでとは少し違った光景だった。
彼らの瞳に映ったのは生ける屍の代名詞をもつゾンビの群れと、武装した街の住人、
アンデッドに噛まれればその人間もアンデッドと化してしまう事を知っているらしく、接近戦に持ち込まない為の長い槍を構えている者達もいる。
それを見てシータス達は確信した。
間違いない。この街の人間はゾンビと戦い慣れている。
とはいえ、グールほどでは無いがゾンビも動きは鈍いほうではなく、隙を見せれば食われかねない。
そしてグールとは違い、痛みを感じないのだから倒すには確実に首を落とすぐらいしか方法は無い。
ゾンビの怖い所はその牙にかかってしまったら最後、人間として生きていく事が不可能になるという事。
現にゾンビの中には生前の面影を残す者もおり、それはすなわち街の人間だった者がゾンビと化してしまった事を意味していた。
「セイン、援護に行こう。彼らだけじゃ危険だ」
焦るシータスの言葉にセインはすぐに動こうとはしなかった。
「おい、アイツらだけじゃやべぇよ!行こうぜセイン!」
続いて状況を一足遅く把握したイリヤも弓矢を担いでセインを急かした。
それでも何か迷いがあるような素振りを見せるセインだったが、やがて彼も
「よし、行くぞ」
と意を決した。
そして部屋のドアを開けると、そこには例によってアリスが立っていた。後ろにはラビアンとリリアナの怯えて寄り添う姿も見える。
ノックをしようとしたのか、胸の高さまであげられたアリスの右手は軽く拳を作った状態だ。
腰のホルスターに銃がささっている所を見ると、彼女も状況を理解出来ているのか。
「セイン!シータス!今、外から警鐘が……やっぱり何かあったのね?」
どうやら彼ら三人ほどの詳しい状況は理解出来ていないらしく、セイン達の戦闘体勢をとっているのを見てやっとただならぬ事態を把握した、という感じだった。
実はセインが迷っていたのはアリスを含め女性達をどうするか、という事だった。
アリスはともかくラビアンとリリアナは戦えない。
それでこの間のような事があったら……。
セインは煩わしそうにアリスに説明した。
「ゾンビの群れが現れた。どうやらこの街の人間はゾンビに慣れてるのか今は
彼の説明を聞くと、アリスはやはりともいうべき言葉を発した。
「あたしも行くわ!」
「駄目だ!」
まるでその言葉を
「どうして……?」
驚いて困惑の色を浮かべるアリスにセインは変わらず強い口調のまま言葉を続けた。
「ゾンビは頭を飛ばすか光魔法を使わないと倒せない。銃でも脳天を撃ち抜く事で倒せるだろう。しかし、戦えないラビアンとリリアナの護衛が必要だ。君はここに残って彼女達の護衛をしていろ。前のように二人から離れる事も今回は許さん。部屋の窓から出来るだけゾンビを倒してくれるだけでいい」
今までに無いセインの緊迫した顔にアリスも戸惑いを感じながら、わかったわと頷く。
彼女のその返事を聞くとセインも険しい表情をやや緩めて
「奴らは人間らしい姿をしているが、死体が動いているだけの魔物だ。言葉も通じん。わかっていると思うが絶対に油断するな」
と、言うと
男性達が外へ出て行くのを確認するとアリスはリリアナの肩を抱き寄せ自分達の部屋へと戻ろうとした、次の瞬間だった。
ラビアンがはじかれたように廊下を走り出した。
「ちょっと、ラビアン!?」
慌ててアリスがラビアンを呼び止めるが彼女は振り向きもしなかった。
「ダメよ!!戻ってきなさい!!」
悲痛にも聞こえるアリスの怒鳴り声もむなしく、彼女はポニーテールをなびかせながらアリスの視界から消え去った。
おそらく出て行った男性達を追いかけに行ったんだと理解したアリスだったがリリアナを置いてラビアンを止めにいくことも出来ず、途方に暮れるかのようにその場に立ち尽くすのみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます