第17話「やすらぎのひととき」

 各々が部屋に戻り、それぞれ思い思いの時間を夕食の時間まで過ごした。

 特にセインは疲労と寝不足が蓄積されたその身の体力はやはり限界だったらしく、部屋に入ってベッドに倒れこんでから、夕食の時間にシータスから起こされるまでまるで死んだように昏々と眠り続けていた。

 眠るときもセインは刀を抱えるようにして眠っていた。

 まるでぬいぐるみと添い寝をする子供のようでもあったが、日常生活においていつ魔物が現れてもすぐに戦闘に入れるよう培われた彼の習慣なのだろう、とシータスは少し悲しい気持ちになった。

 彼と共に夕食を終えた後、アリスとリリアナに合流したシータスはセインに

「俺は彼女達と談話室に残るけど、セインは部屋に戻ってまた休むか?」

 と声をかけたが、だいぶ顔色の良くなった彼にはそんな配慮は必要無かったらしく

「いや……俺も行く」

 とやわらかい表情で首を振った。

 彼のそのリラックスした表情を見てシータスも安心したようにそうか、と微笑み返した。

 彼も気分転換をしたいのだろう。


 シータス、セイン、アリス、リリアナの四人は談話室で温かい紅茶を飲みながら、まだ雨の降り続ける外を窓から眺めていた。

 雷も鳴り始め、時折、ピカッと妖しく光った後、乾いた音が鳴り響き、その度にリリアナがビクッと身体をこわばらせる。

「雷も鳴り始めたし、今夜は安心ね」

 アリスが笑みを浮かべながらそう言い、紅茶をすすった。

 それを聞いてリリアナが不思議そうな顔をする。

「どうして雷が鳴り始めると安心なんですか?」

 その問いに答えたのはシータスだった。

「雨や稲妻、雷鳴がキライな魔物が多いんだ。こういう日は、さすがの奴らも棲家から出たがらないからね」

 ふーん、と相槌をうつリリアナ。

 すると、それに合わせたようにまた雷が激しく鳴り響き、リリアナはひゃっと小さく叫んで身体をちぢこめた。

 それを見てシータスとアリスはクスリと笑う。

「……イリヤ達はどうした?」

 シータス達の会話をずっと黙って聞いていたセインがふと、口を開いた。

「ああ……彼らにも声をかけたんだけどね、二人でいる方がいいらしくて部屋にいるってさ」

 シータスが紅茶をすすりながらそう言うとセインも呟くように、そうか、と答えた。

 少し安心した表情だ。

 アリスのほうは面白くなさそうにふーん、と呟いた。

 なんだか『恋人』の話題が出た時から様子のおかしいアリスに戸惑いを感じるリリアナだったが、自分に『恋人』というものがわからない以上、確信に迫る言葉もなく、かといって『恋人』について訊くのもまるで自分の世間知らずを露呈ろていさせる気がしてためらわれた。

「……ねー、セインって恋人いた事あるの?」

 ムスッとしていたアリスが横目にセインを見ながらそんな事を訊ねた。

 この質問は予想していなかったシータス、しかし今まで彼からそんな浮いた話も聞いた事をなかったのもあって、さも興味ありげに目を開かせてセインの答えを待つ。

 そして肝心のセインはというとほんの少し目を泳がせ、明らかに動揺したようだった。

 意外なこの反応にシータスもアリスもいよいよ彼がどう答えるのか一文字も聞き逃すまいと身を乗り出して口を結ぶ。

 リリアナはよくわからないのできょとんとしたままだ。

「……こんな職業だ。恋人らしい恋人はいた事はないが……異性関係なら……酒場で会った女と一晩限りの関係を持ったことはある」

 そう答えるとセインは照れ臭いのを押し隠すように紅茶を口にする。

 反してセインのこの言葉を聞いたアリスとシータスはなんともいえないにやけ顔に染まる。

「え~~!なんかそれって大人っぽいわね~~!一晩限りの関係ですって!」

「君からそういう色恋の話は聞いた事なかったが……そうかぁ、知らない所でそんな経験していたんだな~!」

 なんだか二人とも嬉しそうだ。セインは少し気恥ずかしいようでふいっとそっぽを向いてしまった。

「酒場で会った女性と一晩限りってのがなんだか艶めかしいわね」

「男女の秘め事って感じがするな」

 シータスとアリスはニヤニヤしながら盛り上がっている。

「もうこの話はやめないか?」

 困惑気味のセインが話題を変えようとする。が二人からの追撃はまだ止まらない。

「え?え?なに、年上?やっぱ年上の女性?」

「どういう流れだったんだ?君から誘うとは思えないから……彼女の方からだよな?」

 滅多に聞けないであろうセインの異性話に興味の花を咲かせ続ける二人。

 顔を赤くしながら目をそらして答えようとしないセイン。

 答えないセインの代わりに二人は勝手にあれこれ想像をし始めた。

「酒の勢いで……もあっただろうが、やっぱここは失恋の痛みを忘れるために、とかじゃないか」

「セインが好きな男性に似てたとかもありそう。亡くなった人とか遠くの国に行ってしまった人とか」

「あーありそうだな!それか単純に会話してるうちにお互いソノ気になっちゃったとか」

 盛り上がっている二人を放っておいてセインは立ち上がり、黙っているリリアナをチラリと見た。

 目が合ったリリアナは

「どうしました?」

 とのんびり訊ねる。セインは目をそらし

「いや、なんでもない。それよりは俺はもう部屋に戻るぞシータス」

 とローテーブルの上の鍵を手にし、どこか誤魔化すような様子で二階の客間に向かっていった。

 シータスも立ち上がり、彼の後ろ姿を見ながら

「そうだな、どのみち今日は早めに休んだ方がいいかもしれない。また眠れない夜が続くかもしれないからな」

 シータスはそう言うと冗談っぽく笑った。

 しかし、あながちそれも否めないだろう。

 昨夜までのグールの襲来を考えると、また別の魔物に出くわす可能性も無くは無い。

 心身ともに休める時に休んだ方が賢明というものだろう、とそれぞれ考えていた。

 三人は紅茶を飲み干し、部屋に戻った。

 その夜は外こそ嵐ではあったが、六人にとっては久しぶりに安心が約束された穏やかな夜だった。

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