第16話「慕情」

 途中休憩を挟みながら村を発ってから一、二時間は過ぎただろうか。

 それまでの道のりではイリヤが独り言を呟く以外は、ほとんど誰も喋らなかった。

 昨夜の負傷から回復したアリスの顔色もだいぶ良くなっていたが、まだ本調子に戻れないようで時折目を覆うようにして頭を抑えており、それを見たリリアナが彼女を気遣うといった光景が見られた。

 アリスは昨晩のグール戦を思い出していた。今までに経験のない相手との戦闘。

 相手の罠に引っかかって隙を突かれ、重傷を負わされるだけじゃなく凌辱もされかけた。

 そしてラビアンとリリアナも危険な目に合わせてしまった。

 最悪の結果だ、とアリスのプライドはズタズタだった。

 そういえば、とアリスはセインと合流してからの事を思い出す。

「あの……セイン……」

「……なんだ」

「昨晩って、私、気絶しちゃったじゃない?その後ってどうなったの?私……」

「リリアナの回復が終わった後は俺がベッドに運んで寝かせた。その後はラビアンが看病していたが、明け方にラビアンが教会に向かう際にシータスが交代して君のそばについていた。……そのぐらいだ」

「そ、そう……ありがとう。迷惑かけたわね、ごめんなさい……」

 アリスはセインから昨晩の成り行きを説明されると改めて申し訳ない気持ちになった。

 セインはアリスを少し見つめた後、また視線を戻した。

「……宿の中のグールの死体は九体あった。うち七体は君が倒したんだろう。慣れない相手に一人でよく健闘してくれたと思っている。むしろ危険な局面に助けてやれなくてすまなかった……危なくなったら呼べ。必ず俺が守る」

 思いがけないセインの優しい言葉に顔を赤らめるアリス。

 ”必ず俺が守る”

 言われたことのないセリフだ。

「ありがと……」

「ああ」

 アリスの表情の変化には気付いていないセインはあくまで淡々としている。

 しかしそれはそうだろう。

 セインは六人の中でほとんど睡眠時間がなく更に戦闘の疲労もある。

 最初の晩も昨晩も結局、ほぼ一睡も出来ていない。

 セイン自身は弱い部分を見せたがらない性格ゆえ寝不足の色も伺わせないが、たった一人、シータスはセインの睡眠がとれてない事が気になっていた。

 おそらく彼を気遣う声をかけたところでそっけなく返されることになるのだろうが。

 出来る事なら早く町に着いて彼を休ませてやりたいが……。

 そんなふうにセインを心配しながらも歩き続けてどれくらい経ったのだろうか。

「おーい、シータス〜」

 今まで独り言ばかり漏らしていたイリヤが、ふとシータスに声をかけてきた。

「どうした?」

「そろそろ、近くの町かなんか寄ろうぜ!雲行きが怪しくなってきやがった。もうすぐ降り出すぜ!」

 空を指さすイリヤの言葉を聞いて、空を見あげると朝は晴れ渡っていた空には確かに徐々に雲が増えてきていた。

 とはいえ青空の面積のほうが広く、素人目にはまだ降り出しそうな雲行きには見えなかったが、ハンターの特性ゆえかイリヤは誰よりも天候を読み取る能力があり、彼の予想が外れることはほとんど無かった。彼の予想通りに雨が降れば寒さに体力を奪われ、移動にはより疲労を伴う事になる。

 元々体力のないリリアナ、体調の戻っていないアリス、更に疲労が蓄積されているであろうセインのことを考慮するなら忠告通りにするのが賢いだろう。

「そうか、わかった。近くに町があるからそこで休もう!」

 シータスが皆に呼び掛けると皆も安堵の表情を浮かべた。

 それから少し歩き、到着した町の宿で記帳をしているとイリヤの予想通り、外ではパラパラと雨が降り始めた。

「間に合って良かったな」

 イリヤが外を見つめながらポツリとため息混じりに呟いた。

 横からホントね、と言うアリスのため息も聞こえた。

「じゃあ、ゆっくり休んでくれ」

 部屋の手続きを終えたシータスは二人に部屋のキーを手渡した。

 キーを受け取り、キョトンとするアリスとイリヤ。

 よく見るとシータスもキーを持っている。

 たまらず口を開いたのはアリスだった。

「シータス、今日の部屋割りって……」

「悪いがツインの部屋しか無くてね、三部屋とったからイリヤはラビアンと、アリスはリリアナちゃんと一緒に泊まってくれ」

 シータスはそう答えるとセインと共に部屋へと向かって行った。

 あぁ、そういうこと、と納得したアリスがまた口を開いた。

「……そういえば、ラビアンとイリヤって恋人同士なんだったわね」

 アリスは思い出したように言うと、イリヤはにんまり笑って

「羨ましいならアリスも彼氏作りゃいいじゃん」

 とイタズラっぽくアリスをそそのかす。それに対しアリスは呆れたように笑みを浮かべた。

「残念だけど、私に相応しい男性がいなくてね。自分より強い人じゃなきゃダメなんだ私」

 アリスのその言葉を聞き、だったら、とイリヤは続ける。

「だったら、セインかシータスなんかぴったりじゃんか。二人して強いし、セインなんか昨夜は怪我して気を失ってたお前をベッドまで運んでやってたしなー」

 なーと言う所でリリアナに同意を求めるようにして首を傾げた。

 リリアナは彼からの急な振りに対応しきれず、そうですねと困ったように笑うのみだった。

 セインの名を聞いてアリスもドキッとして表情がかたくなる。それに気付いたか、イリヤは

「もし気があるんなら『もっかいアリスをベッドまで連れてって』って誘ってみろよ。お前のその美貌ならその気になってめでたくベッドインだぜ。あいつも男だしな」

 そう言ってニヒヒといやらしい笑みを浮かべるイリヤに、今まで黙って聞いていたラビアンが

「んなわけないでしょ、バカイリヤ!ほら、そろそろ荷物置きに行こうよ、私も疲れたよ」

 と彼の背中を叩いてから、手を引いて彼をうながした。

 イリヤもハイハイ、と面倒くさそうに返事をしながら促されるままにラビアンと部屋に向かって行った。

 そんな二人の姿を見ながらアリスはポツリと呟いた。

「恋人か……」

 憂い気な表情をする彼女になんと言葉をかけていいかわからないリリアナ。

 ずっと聖堂で育ったリリアナには恋人というものが、どういったものなのかわからないせいでもあった。

 しばらくボーっとしていたアリスが、対応に困っているリリアナに気が付くと優しく微笑み、

「あ、ごめんね。私達も部屋に行こっか」

 とリリアナに手を差し伸べると、リリアナもやっと安心したように笑って彼女の手を取り一緒に部屋へと向かっていった。

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