第14話「恐怖の中」

部屋にかくまわれていたラビアンとリリアナにも危機が訪れていた。

男性陣が部屋から出て行ったと思われた後、アリスも自分達にドアを開けないようにと注意し他の宿泊客の元に向かった。

この時、この宿にはまだグールが近寄ってきていないと思っていた。

彼らがなんとかしてくれるんだろうとラビアンは思っていた。

なのになんで今、この部屋を乱暴に叩く音がするの。

同時にドアの向こうからは

「アケテ……ネェ、オネガイ……コワイヨォ、アケテヨォ……」

という若いのか老いてるのか、男なのか女なのか区別できない声が聞こえてくる。

リリアナは不思議そうな顔をしているがラビアンにはわかっていた。

ドアの向こうにいるのが人間じゃない事ぐらい。

グールは人の言葉を操って人間をおびき寄せる化け物だ。

油断してドアを開けさせて、襲い掛かるつもりなのだろうということはラビアンにも、容易に考え付いた。

それにアリスも言っていた。

”誰の声がしても絶対に開けないで!”

あの言葉はこの事を注意する言葉だったのだ。

しかしグールの事を詳しく知らないリリアナが

「ラビアンさん……開けないんですか?他のお客さんが助けを求めて来てるんじゃ……」

と訝しがっているとラビアンはきっと鋭い目で見つめた。

ビクッとするリリアナにラビアンは出来るだけ落ち着いた声で答えた。

「あれはグールだよ。グールはああやって人の言葉を使って人間をおびき寄せるんだ」

ラビアンが説明するとリリアナも怯えた表情を浮かべて黙りこくってしまった。

微かに震えてもいる。ラビアンはそんな彼女をぎゅっと抱きしめた。

リリアナだけじゃなくラビアン自身も怖くて仕方なかった。

ここでこうしてじっとしていれば、やりすごせないだろうか、諦めて他へ行かないだろうか。

そういえば、さっきアリスの放った銃声が何度か聞こえた。

既にこの宿にグールが侵入していたんだ。

冷静に状況を読み取れば読み取るほど絶望的になっていった。

ここにいても、安全では無い。

どうしよう私がこの子を守らなくては。

少なくともアリスは近くにいるはず。

彼女が私達の異変に気付いてくれるまで持ちこたえられれば。

ドアを叩く音が激しくなった。

駄目だ、匂いを嗅ぎ付かれてるんだ、奴が諦める様子は無い。

ラビアンは焦っていた。とにかくリリアナを守らなければ、と部屋を見回した。

反射的に窓を見た。

ここは二階だ。

落ちても死ぬ高さではない。

でも、だめだ。

外にもグールが何匹か歩いていたのをアリスと一緒に見たじゃないか。

外はダメだ危険だと、ラビアンは次に室内を見渡した。

クローゼットがある。

リリアナ一人くらいなら隠せそうだった。

ドアの向こうの奴が笑いながら体当たりを始めた。

迷ってる暇は無かった。

ラビアンはドアの前に小さなテーブルと椅子を置き、簡単に開けられないようにした。

これで少しでも時間が稼げれば……。

そしてリリアナをクローゼットへと隠す。

「あの……?」

「必ず後で迎えに来るから、今はここでじっとしていて」

ラビアンの言葉にリリアナは怯えきった顔で黙って頷いた。

涙も滲んでいる。ラビアンは彼女を安心させるように微笑んだ後、クローゼットの扉をゆっくり閉めた。

正直言って彼女を迎えに来れる自信など無かった。

ラビアンは王の言葉と昨夜のリリアナを思い出していた。

『リリアナの護衛が最優先事項だ』と。

そして昨夜のグール襲来時、自ら『自分が二人分の結界を張る』とリリアナは勇敢な姿を見せた。

自分が守らなければならない立場なのに彼女に守られた。

「私が、守らなくちゃ……」

うわ言の様に呟いたラビアンは自分の荷物と部屋の中から武器になりそうな物を探した。

その間もグールの体当たりが続く。

だんだん激しくなる。

ラビアンの心拍数が高鳴っていく。

ドアの蝶番が今にも飛ばされそうだ。

グールは疲れというものを知らないのだろうか。

 結界を張る事も考えた。

 しかし、助けに来てくれるあてが無いのに、二人分の結界を長い時間張るとなると魔力の消耗が懸念される。

 誰も来ないまま魔力が切れたら……。

 最悪、私は死ぬ……?

 不安ばかり募っていく。

「アリス……お願い、早く来て……」

 ラビアンもアリスがこの事態に気付いてくれないか、と祈るような気持ちだった。

 しばしば銃声が聞こえるが、どれもあまり近くない場所から聞こえてくる。

 建物内にはいるようだが少なくとも近くにはいないらしい事がよりラビアンの不安と恐怖を色深くさせた。

ラビアンは自分の“武器”を握り締め宿の中にいるであろうアリスの名を無意識に呟き、目をぎゅっと堅く閉じていた。

すると、ガキッと確かに今までと違う音がドアから響いた。

何か良い方向へ状況が変わったのではないか、ととっさに顔を上げるが、悲しい事にドアの蝶番が壊れた音だったらしく、傾いたドアの向こうで褐色の肌をした化け物がこちらの様子を伺って嬉しそうに笑っていた。

「…………っ‼︎」

 ラビアンは覚悟を決めた。

 もうダメだ。

 アイツは部屋に入ってくる。

 次の瞬間、ドアの前に置かれた椅子とテーブルが体当たりの音とドアと共に弾き飛ばされ、とうとう部屋に入ってきた。

「くっ……」

 ラビアンは“武器”を後ろ手に後ずさりをする。

 はっきり言って勝てる気はしない。

 どんなに抵抗しても致命傷は与えられないだろう。

 それでもラビアンは今、手にしている“武器”に賭けたかった。

 相手は闇より出でし怪物。

 だったらこれは効くはずだ、と。

 少なくとも、動きを鈍くさせるだけの効果は得られるはずだ。

 結界を張って魔力の消耗を気にしながら守りに徹するより、出来るだけの抵抗をして、最悪、逃げる隙だけでも作れれば。

「ギギ……オイシソウ……オンナノコダイスキ……イヒヒヒヒ……」

 グールは気色の悪い事を言いニタニタ笑いながらラビアンにゆっくり近付いてきた。

 まだ駄目だ。

 充分に引き寄せてからじゃなきゃ。

 じりじりとグールとラビアンの距離が縮まっていく。

 そして充分に近くまで寄せられた、と判断したラビアンは力を込め狙いを定め“武器”をグールに投げ付けた。

 カシャーンと華麗な音を立ててグールの顔面でそれが割れる。

 大きめの瓶に入った聖水だった。

 グールは顔を押さえ、ギィィィと呻き声をあげながら苦しむ。

 よく見るとグールの顔からはシュウシュウと音を立てながら煙があがっている。

 やはり効果的だったようだ。

 ラビアンはグールが苦しがってる隙に先程、弾き飛ばされた椅子を手にし、それを思い切りグールの後頭部に振り下ろした。

 ガツッという鈍い音と共にグールはギャッと小さく声をあげた後、そのまま倒れこんだ。

 小刻みに痙攣しているが、起き上がってくることは無さそうだと判断したラビアンは大きく深いため息をついた。

「なんとか倒せて良かった……でもドアも壊れてしまったし、このままここにはいられないな」

 今の内にリリアナを連れて逃げなければと、出入口に視線をやると

「う……嘘……!」

 なんとまた別のグールが部屋に入って来ようとしていた。

 さすがに荷物から聖水を取り出している暇は無い。

 かといって、もう致命傷を与えられそうな武器も無い。慌てて結界魔法の詠唱をしようとしたが間に合わなかった。

 出入り口から侵入してきたグールはラビアンに抵抗する間も与えず飛び掛かりベッドへと押し倒した。

 そして片手でギリギリと彼女の首を絞めていき、もう片方の手で彼女のローブを引き千切っていく。

 ラビアンは、グールが食欲だけでなく性欲も強い怪物だという事を思い出して青ざめた。

 こいつは私を犯す気なんだ、と自覚するとジワジワと新たな恐怖が染み込んでいく。

 嫌だ、こんなのに……嫌だ……怖い!

 ラビアンの瞳に涙が滲む。

 グールの手は力を緩めることなく下品な笑い声をあげながら容赦なく首を絞めあげていく。

 必死に抵抗するが、一向に緩まる気配もなく。

 そしてラビアンの下腹部に自分のいきり立った陰部をこすり付けている。

 そのかたく熱いモノの感触をラビアンも感じてはいたが

「ぐ、うぅ……」

 もう呼吸もままならなかった。

 破られたローブの断片が宙を舞う。

 喉を通る空気も僅かになり、細切れになっていく。

 徐々に意識が薄らぐ。

 ぬるい涙が頬をつたう。

 視界がぼやけていく。

 グールは嬉しそうにニタニタ笑いながら、抵抗しなくなったラビアンの秘部を指で弄んで熱い蜜を誘う。

 挿入をスムーズにする為であろう行為だった。

もちろん、ラビアンの意識はその感覚も感じていたし嫌悪感も抱いていた。

 しかし抵抗をしたくても力がもう入らない。

 やられるのね、私……。

 みんな……ごめんね……。

 彼女が死と凌辱を覚悟した時、ザクッという鈍い音と共に薄れた視界の中でグールの首らしきものが飛んでいくのがわかった。

 途端に彼女の首を絞めていたグールの手の力が急に失せ

「ゲホッ!ゲホッ!」

 すっとラビアンの喉に空気が流れ込んだ勢いで口の中に溜まっていた唾液まで入り込み思わず咳き込む。

 戻る視界と荒々しい呼吸の中で浮かび上がって来たのは、首の無いグールをラビアンから引き剥がし脇へと投げやるセインの姿だった。

「せ、セインさん……」

「来るのが遅れてすまない。リリアナはどうした?」

 セインは服がボロボロになってあられもない姿になっているラビアンに自分の上着をかけながら周りを見渡す。

 ゆっくりと身体を起こしながらラビアンは彼に与えられた上着をギュッと体に巻きつけ、震える声で呟く。

「く、クローゼットに……」

 彼女の言葉を聞くとセインは即座にクローゼットを開けた。

 すると中にいたリリアナがセインの姿を認めると声をあげて泣きながら抱きついてきた。

「セインさん……!怖かった……!」

 彼もしっかりとリリアナ抱き止め、何も言わずに安心させるように頭を優しく抱く。

 セインのぬくもりがリリアナの恐怖を少しずつ溶かしていった。

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