第12話「不穏」

 セインが談話室での読書を終えた頃にはもう日暮れ時だった。

 少し長く居過ぎたか。

 まぁ、元々一人でいるのは嫌いではないし、むしろ早く部屋に戻ってもイリヤにベタベタされるのだろう。

 スキンシップの苦手なセインにとってそれは避けたかった。

 でも自分自身も良い気分転換になった。

 体の疲労も幾らか回復したようだ。

 セインは窓から村の景色を見た。

 アリスも感じていたように、彼にもこの村が持つ物悲しい雰囲気が感じられた。

 そして彼にはそれが何なのか大よそ予測もついていた。

 やれやれ、もしかすると今夜もろくに眠れないかもしれないな、とゆっくりため息をつく。

 談話室を出て最初に出くわしたのは食堂から部屋に戻ろうとするアリスの姿だった。

 風呂上りか何かなのか結い上げられた長い髪は少し湿っているようだ。

「あら、やっと戻ったのね。みんな食事終わらせちゃったみたいよ」

 ほんのり微笑むアリスの姿は普段とは少し違いあでやかな姿だ。

 普通の男なら思わず見惚れただろう。

 しかしセインは、そんな彼女をあまり気にとめるでもなく、むしろ彼は他に気にしていることを口にした。

「……そうか。シータスはどうしているかわかるか」

「あぁ、食事の時間まで寝ていたみたい。まぁ、そりゃそうよね、昨晩はあんなことがあったんだもの」

 アリスは思い出すように上の方へ視線を移した後、そう言って苦笑いを浮かべた。

 やはりセイン以外もシータスの事が心配だったらしい。

 彼をゆっくり休ませてやりたいと思っていたのだろう。

 寝ていた、ということを聞きやや安心したセイン。

「そうだな。俺は食事を済ませてから部屋に戻る。面倒じゃなければシータスに伝えておいてくれ」

「ええ、わかったわ。あっ、あとイリヤが食事中にあなたのことを気にしていたわよ!あの感じだとよっぽどあなたのことが気に入ったのねっ!」

 アリスはふふ、と笑って背を向け部屋へと戻って行った。

 よっぽど気に入ったのね……セインにとってはゾッとする言葉だった。

 部屋に戻ったらまたベタベタと絡まれるんだろうか。

 いや、その分にはまだ構わないがシータスの前でも「セインちゃん」などという呼び方をして欲しくない。

 ラビアンの前でも恥ずかしい思いをしたというのに。

 別にイリヤが嫌いというわけではないが、接し方が分からないので自分に興味を向けるのは極力やめて欲しいと思っていた。

 セインは食堂に入る前にガラス戸に映った自分の顔を見つめた。

 浮かない表情の男が映っている。

 なぜ、自分のようなつまらない男にイリヤはあんなにも興味を持ってしまったのか。

 セインは出された食事をゆっくり味わったつもりだったが、イリヤの事を考えていたら味もろくに感じられず文字通り味気ない食事となってしまった。


 食事を終え、部屋に戻ると……イリヤとシータスは楽しそうに会話していたらしくドアを開けたセインの姿に気付いた二人の表情は笑顔だった。

「よっ!セインちゃん」

 イリヤが親しげに呼びかけるとそれを聞いたシータスがブッと吹き出した。

 セインにはそれは予測できていたが……。

「せ、セイン、ちゃん、ねぇ……」

 シータスは顔を真っ赤にしてくく、と笑いをこらえているようだ。

 セインも自分の顔が赤くなるのを感じた。

 恥ずかしい……。

 ここまで恥を感じたのは生まれて初めてかもしれない、と思った。

 イリヤのほうはちっとも気にする様子は無く、食事に出されたメニューはあれが美味しかっただの、あの味はねえだの好き勝手に一人で喋っている。

 セインはそんな彼を無視してシータスのそばまで近付き

「お前まで呼ぶのは許さんからな……」

 と念を押した。

 シータスも彼の顔をみて、わかったわかったと相槌を打つが、明らかに含羞がんしゅうの色を浮かべるセインの顔を見たのは初めてだったのでいつもの迫力も感じられなかった。

 一流のアンデッドハンターもさすがにイリヤにはかなわないようだ。

 イリヤはまたセインに肩をまわして絡んでいる。

 セインはどこか諦めた様にイリヤを見ている。

「はは……対照的な二人だがこうやって見ると結構相性はいいのかもな……」

 二人には聞こえないようにシータスはそんなことを呟いた。

 セインの人付き合いの悪さは、以前の付き合いから知っていたのでシータスも今回の旅でセインがメンバーとの付き合いに馴染んでいけるのかいささか不安でもあったが、この分なら安心だな、と彼らの馴れ合う姿を見ていた。

 オレオール城を出て、ようやく賑やかな夜となった。

 散々話して笑って、やっとそろそろ就寝しようという頃に異変は起きた。

 窓の外から次々と村人たちの悲鳴が彼らの耳へと聞こえてきたのだ。

 いち早くその異変を察知したセインがすぐさま窓の外を見るとグールの姿がチラホラと見え、それらが逃げ遅れた村人を襲っていた。

「……やはりか!」

 セインは素早く刀を手に取り、シータスとイリヤに外の状況を説明した。

 二人とも青ざめて驚いていたがシータスは剣を、イリヤは弓矢を手にしすぐに戦闘準備にかかった。

 セインが部屋を出ると、そこには既に準備が整ったアリスがいた。

 彼女も外の異変に気付くのが早かったようだ。

「アリス!君はラビアンとリリアナの守備につけ。宿泊客とオーナーにも隠れるよう言っておけ!」

「わかった。でも、もうラビアンとリリアナには部屋に鍵を閉めさせてかくまってるから大丈夫。私は他のお客さん達を避難させるわ!」

 セインの指示にアリスもしっかりとした口調で答える。

 アリスの言葉を聞いたセインは頼んだぞ、とだけ言い外へ飛び出していった。

 続いてシータスとイリヤも宿の外へ出て行った。

 三人はぐるりと周囲を見渡す。

 辺りは暗かったが、昨日と全く違うのは街灯が灯されてるおかげで視界が利くという事だった。

 グールの姿も明確に捉える事が出来るだろう。

 シータスとセインがグールの姿をその目にとらえようと周りを見渡していると突然、イリヤが弓を引き絞って矢を放った。

 すぐにその方向を見るとイリヤの矢により首の飛んだグールが倒れ込んでいく姿が見えた。

「ここは俺が持ちこたえっから、シータスとセインは村中のグールを蹴散らしてこい!」

 イリヤの威勢のいい言葉に二人は大きく頷き、それぞれ村の奥へ走っていった。

 一人になったシータスの目に入ったのは、民家を体当たりしているグールだった。

 小柄とはいえ力のあるグールに体当たりされている扉は今にも破られそうだ。

 シータスは走りながら指笛を鳴らしこちらに気を引かせた。

 するとグールは体当たりを止めシータスの姿に気付いたが、彼へと襲いかかる隙は無かった。

 近付いてきたシータスの剣の射程内にグールが入った瞬間、縦一文字に切り裂かれ

「ギィィイイイイ!ギィィィ!」

 耳障りな叫び声をあげてその場に倒れた。

 小刻みに痙攣しているがまもなく力尽きそうだ、と判断したシータスはその場を後にし他のグールを探しに走った。

 その後も大した怪我もなければヘマも無く、他のグール達も要領よく倒していった。

 その姿はまるで昨日の雪辱せつじょくを果たすかのように。

 一方セインのほうも手こずる事無く、次々とグールを蹴散らしていった。

 鮮やかな太刀さばきはグールに襲われていた村人も一瞬、見惚れるほどで一切無駄の無い動きだった。

 彼はあらかたグールの気配が無くなったところで周りの景色に気付いた。

 グール討伐に走り回る内にいつの間にか宿の見える所にいたらしい。

 イリヤも移動したのか彼の姿は無かった。

 セインは刀に付着したグールの血を振り払いながら宿の方へと歩み寄っていった。

 そして一瞬、彼は我が目を疑った。

 宿の扉が開いているではないか。

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