第11話「心模様」

 昨夜のグール来襲後、皆もやはりよく眠れなかった。寝入ったと思ったら目を覚まし、しばらくしてまた眠りに入る、を繰り返した質の悪い睡眠だった。

 魔物の出現に対する不安と夜の寒さも併さって余計にぐっすり眠れるような状態ではなかったのだ。

 朝日の光が届く頃に各々は身支度を始め、起床の遅かったリリアナも服装を整えながら少し重いまぶたで皆を見る。

 イリヤとラビアンはお互いを気遣う会話をしていた。

 ……昨日から思っていたけど、二人は特別仲が良い感じがするなぁ。

 アリスは眠そうにあくびをしながら髪の毛をくしでかしている。

 綺麗な人はどこに行ってもきちんと身だしなみを整えるものなんだ。あたしも見習わなくちゃ。

 シータスさんは……と目を向けた瞬間、彼と目が合ってしまった。

「おはよう。眠そうだが、体調は問題ないか?」

 シータスは相変わらず優しい笑顔で返してくれた。

 リリアナもつられて笑顔を作って

「おはようございます。大丈夫です」

 と返した。シータスはそれを聞くと軽く何度か頷いて自分の荷物のほうへ視線を移した。

 笑顔も振る舞いもホントに王子様みたいで素敵だなぁ、と思った。

 リリアナは最後にセインの様子をうかがった。昨夜は外していたフードを再度深くかぶり直していてその表情は読み取れない。

 口数も少なく表情もあまり変えないが、戦闘も行い、その上まともに睡眠もとらずに一晩中見張りをしていたのだからその疲れは相当なはず。

 気遣いの声をかけようかと思ったが、まだ近寄りがたく苦手意識が抜けない。

 振る舞いも表情も素っ気なくて機嫌がずっと悪いような。

 いや、きっとそんな事ないのだろうが、気難しい印象が強くあり、リリアナにはこの男の接し方がまだよくわからないままだった。

 一行は身支度を終えると用意しておいた携帯食で朝食を済ませ、移動を開始した。

 とはいえ、昨日の時点で村の近くまでは来ていたのだ。

 昼前には目指していたハイデの村に到着した。

 とりあえずは疲れを癒したい。六人は宿を目指す。

「なんだか……悲しげな雰囲気のする村ね」

 村の風景を見ていたアリスがふと、そんなことを呟く。

「そうかぁ?」

 彼女の傍にいたイリヤが怪訝に首をひねった。

 確かに人は少ない、と感じたが子供達が二、三人はしゃぎまわっていたし、その傍でおしゃべりしている年配の女性達もいた。

 だからイリヤにはアリスの言う『悲しげな雰囲気』とやらはイリヤのほうは感じられなかった。

「うーん……なんとなくね、そんな感じがしたのよ」

 アリスは少し寂しそうに笑った。

 観察力の高いアリスはその場の違和感を敏感に感じ取ることが出来る。

 イリヤも彼女のその性格は理解していたが、あまり深く気にも留めなかった。

 口には出さなかったがイリヤもアリスもオレオール王国という大きな国で暮らしていたのだ。

 そんな暮らしに慣れてしまったからこそ小さな村の寂しい景色を見て、悲しい雰囲気がするような気がしているだけだと思っていた。


 一行は宿に着き、今日一日休むための部屋をとった。

 幸いにも部屋は比較的空いていた。シータスは今後の動きの打ち合わせなども考慮し三人部屋を二つとった。

 彼らは部屋が決まるとすぐにその部屋に向かった。

 荷物を降ろし、武具を外してベッドへと体を預ける。

 ふわふわで柔らかいベッドの感触はとても久しぶりな気がするほど。

「うあ〜〜疲れた〜〜〜!」

 と呻くような声をあげてイリヤはうつぶせにベッドへと倒れこみ枕に顔を埋めている。

 シータスも仰向けに倒れこんだまま目を閉じている。

 男性陣の中では恐らく彼が一番疲れているだろうとセインは彼を見て思った。

 昨夜の見張りでもあり、グールの来襲でも怪我をしていた。

 手当てを受けたとはいえ、体力までは回復していないだろう。必要以上に気も張っているようだった。

 グール討伐後はシータスの代わりにイリヤと見張りを続けたがシータスはあまり眠れていなかった様子だった。

 多分、放っておけばそのまま寝てしまうだろう。

 今日ぐらいはゆっくりさせてやらんとな……セインは彼に声をかけずに部屋を出て行こうとした。

 すると、イリヤがそんな彼に気が付き、

「お、どこ行くの?」

 と小さな声で話しかけてきた。

 小声で話しているあたり、彼も眠りに落ちそうなシータスに気を遣っているようだ。

「……談話室で読書するつもりだ」

 セインはやや面倒くさそうに答えた。

 セインは正直、自分と正反対の性格をしているイリヤには苦手意識があり、あまり関わりたくないと感じていた。

 しかしイリヤはちっともお構いなしに

「読書?へぇー!あ、俺もちょっと喉渇いたからさー飲み物欲しいんだ。途中まで一緒に行こうぜ、セインちゃんよぉ」

 人懐っこい笑顔を浮かべてセインに近づき、強引にも肩を組んできた。

 セインは振り払いはしなかったものの、彼の強引な言動にウンザリする。

 せ、せいんちゃん……。

 呼ばれ慣れない響きにやや戸惑いを感じるセイン。

 セインは女性達の部屋がある方向をチラリと見た。

 そんな呼び方をしそうなのはどちらかというと……。


「ほんっと疲れたわね〜!」

 女性部屋のアリスがベッドに仰向けになって倒れそんなことをぼやく。

 そんな彼女を呆れたようにラビアンが見ていた。

ラビアンもリリアナも彼女と違ってちょこんと座って体を休めているというのに、アリスだけは豪快に自分の部屋にいるかのようにリラックスしている。

 くつろぎすぎでしょ、という言葉も、ここまで当たり前のようにリラックスされるとなんだか言う気になれない。

 ラビアンは彼女を放っておきリリアナの方に顔を向ける。

「リリアナちゃんは平気?慣れない事ばかりで疲れたでしょ?」

 彼女に微笑みながら優しい言葉をかけるラビアンだったが……。

「そうですね、疲れましたが平気ですよ。ラビアンさんもアリスさんもお疲れのようですし、私なにか飲み物を頂いてきますよ」

 リリアナの方が気が利くらしく、微笑みながら立ち上がって部屋を出て行こうとした。

 ラビアンは慌てて彼女を止める。

「ああ、いいよいいよ、私が行く。こういう事は年上のお姉ちゃん達に任せておけばいいから」

 と、ウインクをする。リリアナはぽかんとした顔で、そうですかと呟いた。

 さすが修道士だけあって気配りが出来る子だな、とラビアンは思った。

 それに比べてあの金髪女ガンナーは……。

「あら、じゃあラビアン、お願いね〜」

 寝転がったままにっこり笑って手をひらひらさせている。

 リリアナと違って自分からはちっとも動こうとしないアリスに呆れてため息を漏らすラビアンだったが不満は口には出さず、じゃあ行って来るね、と笑顔を作って部屋を出て行った。


 彼女が部屋を出てロビーまで行くと嬉しそうな顔して肩を組んでいるイリヤと、ウンザリした表情を浮かべたセインに会った。

 こりゃまたどう思えばいいのかわからない構図だなぁ、とラビアンは思った。

 そんなラビアンの姿に気付いたイリヤが手を振りながら

「よっ!ラビじゃーん!」

 と呼びかけてきた。セインはどうでもよさそうだ。

 妙な感覚を覚えながらもラビアンはにっこり笑い、

「やぁ、イリヤにセインさん。二人とも随分と仲いいじゃない」

 とりあえずそう言ってみた。するとイリヤはニッと笑い、

「それがセインちゃんときたらさぁ~ツンツンしちゃってさぁ~」

 イリヤがふざけた調子でそんな事を言いながらセインに顔を近づけると、彼は手でイリヤの顔を抑えながら必死に抵抗する。

「だから、やめろと言っているだろう!」

 なんとかイリヤにまわされた腕をどけるとパッと彼から離れ、

「全く……!」

 と着衣の乱れを直しながら談話室の方へ去って行った。

 イリヤはそれでも満足そうにヘヘヘと笑いながらセインの後姿を見ていた。

 よくわからない彼らのやりとりにラビアンが心配そうに訊ねる。

「イリヤ……かなり嫌がられてように見えたけど、平気?」

 それに対しイリヤは

「アイツが本気で嫌がってたら俺に肩を組ませるどころか近付けさせねぇと思うぜ。ただ単に人付き合いが苦手なだけだって。それか俺みたいなのが苦手とかな!」

 ははは、と豪快に笑ってラビアンの頭を乱暴に撫で回した。

 それでもラビアンの表情は曇ったままでこう続ける。

「あの人……他の人となんか違うような気がする。なんか嫌な予感がするっていうか……あの冷たい色した瞳を見てると怖いんだ。昨夜のグールを倒した時だってイリヤと違って接近戦だったにも関わらず彼は無傷で、服の血は全部返り血で……なんか……人間離れしていて……ふるまいも素っ気なくて心が見えなくて……不安が晴れない」

 目を伏せる彼女を見て真顔に戻ったイリヤも咳払いをしながら床へと視線を落としていた。

 確かにセインは変わった雰囲気の持ち主で、戦闘では人間離れした動きをとるがイリヤにとっては「ちょっと変わった奴」ぐらいの認識しかなかった。

 腕もたち、頭も回るし自分達にとって危険な存在ではないと思っていたし、むしろ旅の仲間としては心強いと思っていたから、ラビアンの言うところの「嫌な予感」という意味は一つしかない。

「アイツが、俺達を裏切るかもしれない……って事か?」

 イリヤの言葉にラビアンが微かに頷いた。

 冷然たる印象のあるセインに対してそんな風に感じてしまうのは無理も無いだろうがイリヤは人を疑うのが嫌いな性分だった。

「ばかばかし。考えすぎじゃね?俺はもう部屋に戻るからな!」

 わざと大きな声でそう言ったイリヤはラビアンを残して部屋へと戻っていった。

 イリヤのその態度を見てラビアンも考え直す。

 やはり自分は心配し過ぎなのだろうか。

 確かにあんなに戦闘で活躍した彼が裏切るような真似などするわけが……。

 いいや、だからこそ敵になった時が怖い。

 あの突出した戦闘力。それは無傷で戦闘を終えるほど。

 そしてあの態度……私達に心を開いてるとも思えない。

 いいや、でも、シータスや国王陛下からの信頼は厚い……。

 ラビアンは自問自答を繰り返しながら飲み物を取りに食堂へ入っていった。

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