第10話「屍食鬼」

 褐色の肌には体毛も無く、小柄で機敏な運動能力と人の言葉を操る思考能力を持ち合わせる、アンデッドとは違った闇の住人。

 セインとシータスは息を殺してそのグール達の様子を伺っていた。

 グールは五匹だけのようだったが、戦闘で下手をすれば瞬く間に彼らの食事にされてしまう。

 女性達は性欲の捌け口にされるだろう。

 しかも彼らはシータスとセインのいる辺りを目指して向かってきていた。

 さっき立ち上がったシータスの姿に気付いていたらしい。

 彼を探しているのかぼそぼそと話し合いながらキョロキョロと辺りに注意を払いつつ、着実に近付いて来ている。

「……き、気付かれた……のか?」

 シータスの震えた声にセインが横目で彼を見やる。

 セインの怪訝そうな顔は呆れているようにも見える。

「だろうな」

 シータスの問いに冷たく言い放ったセインは自分の武器、打ち刀を手に取り、

「イリヤを起こせ」

とシータスに告げ、グール達に気付かれないようゆっくりと、グールの群れの左側へ回りこむようにして近づいていった。

 女性達が寝ている場所へグールが来ないよう、自らが囮になり気を引くつもりなのだ。

 それに気が付くとシータスはイリヤとアリスを急いで起こした。

「イリヤ!アリス!起きろ!」

 起こされたイリヤは寝ぼけ眼をこすりながらシータスの緊迫した顔に驚く。

 アリスの方も少し眠そうな目で驚きながらも緊急事態の対応に慣れているのだろうか、すぐにハンドガンを手にした。

「な、なんだ、どうしたんだよ」

「グールの群れが近付いて来ている。今、セインが囮になってくれているが奴らがこっちにくるかもしれない」

「うっそ、また魔物なの?」

「まぁ夜だしな……」

 アリスは驚くものの、ハンターのイリヤはこんなのは慣れっことでも言いたげだ。

「俺はセインの援護に向かう。数が多いから二人も頼む」

「そんなにいるのかよ?」

「パッと見で五匹ぐらいだ」

「そんなにいるのかよ!」

 イリヤがあからさまに嫌な顔をする。とはいえグダグダ言っていても仕方がない。

 こちらに向かってきてしまっている以上は全部倒さなければならないだろう。

「ねえ」

 口を開いたアリスはなんだか冷静だ。

「グールって女が好きなのよね?そしたら私がラビとリリアナちゃんから離れた場所で空砲を放って気を引くわ。どっちみち月明かりがあってもこの暗さじゃ私の銃は当たらないし……注意を向ければ数が多くても何とか仕留められるでしょう」

 アリスの提案は良い発想だと思ったがやや不安があったシータスは迷いの色を浮かばせた。

 しかしイリヤは

「それでいこうぜ」

と即答。

「シータス!お前も男なんだ、気合入った女の頑張りを無駄にすんなよ!」

 そう言うとグールの群れへと静かに近付いていった。その姿を見たアリスとシータス。

シータスを勇気付けるようにアリスは無言で力強く頷くと、シータスも口をきゅっと結んで軽く頷きセインの援護へ向かった。

 アリスは既に目を覚まして緊迫した状況を察して怯えるラビアンとリリアナの二人に事情を話す。

 ラビアンのほうは戦える者が全員自分達から離れる事に渋っていたが、リリアナは

「あ、あの!す、少しの時間なら私が二人分の結界を張ります……!だから、行ってください……」

とまるでその震える声とは裏腹な勇敢な言葉をもってアリスを送り出した。

 リリアナは聖堂であの夜、戦闘力の無い司祭達がそれでも聖堂を護ろうとした事を思い出していた。

 あたしだって。

 あたしだってあの聖堂の修道士だもの。

 教皇さま……お父さんの娘じゃないか。

 怖がってばかりじゃだめ、守られてばかりじゃだめ……!

 リリアナは詠唱をすると自分とラビアンを包み込む光魔法の結界を張った。魔力を多く消費する魔法ではないが面積は二人分だ。まだ未熟者のリリアナの魔力では長い時間はもたない。

 彼らが早く戦闘を終えてくれるのを信じるしかない。


 一方、陽動作戦のスイッチ役のアリスは彼女ら二人から十分に距離をとった場所でグールの位置を確認する。

 こちらの様子を把握しきれないのだろう、キョロキョロとあまり位置を変えないで辺りを窺っている。

 奴らも獲物に自分達の存在に気付かれたくないから下手な動きをしたくないのね、とアリスは思った。

 それを確認すると空に向かって空砲を放つ。

 乾いた音が響き渡った。

「グールども!あんた達の大好物はここよ!」

 挑発的な口調で高らかにそう叫ぶとグール達は

「キキーーーッ!」

「ゲヒャヒャヒャヒャ!」

下品な笑い声をあげながら大喜びでアリスに向かい始めた。

「今だ!」

 同時に各所で待機していた男性陣もその時を待ち侘びたように各々の得意な武器で攻撃を繰り出した。

 イリヤの矢がグールの首を飛ばす。

 シータスの剣が胴体を真っ二つに切り裂く。

 セインの刀が喉元を貫く。

 血飛沫と悲鳴をあげ倒れこむグール達。

 陽動作戦だと気付いた残り二匹のグールは足を止めると警戒色を強め、セインとシータスに狙いを定めて襲い掛かった。

「キキーーーッ!」

 それぞれ一対一の戦闘にもつれこむがさすがに知能をもつ相手だけあって致命傷を与える攻撃を許してくれない。

 グールのほうもなんとかして人間の肉にありつこうと必死だ。

 切り付け、かわされ、攻撃をされ、それをかわし……一進一退の攻防を続けていると。

 セインは視界の端に映るシータスの様子が少しおかしい事に気付いた。

 そわそわしているというか、集中が定まらないといった感じで、明らかに意識が散漫になっている様子だった。

 そしてシータスは一瞬、女性達がいる方向へハッキリと視線を移してしまった。

 どうやら女性達に危険が及んでいないか気にしていたらしい。

 “聖騎士団長”の悪い癖が出た、とセインは思った。

 普段、他国との戦をする場合、戦場では自分の部下達の動きもしっかり把握しなければならない為、“統率者”には自然とそんな癖がつく。例に漏れずシータスもその癖の持ち主だ。

「あいつ……!」

 案の定、シータスはその行為により目の前の敵に対する警戒心が一瞬途切れてしまった為、グールもそこに目を光らせた。

「シータス!しっかりしろ!」

 シータスがセインの怒鳴り声に我に返った時には、もう遅かった。

 彼が見せた一瞬の隙をグールが見逃すはずも無かった。

 シータスは慌てて抵抗するがグールの攻撃を肩や腕に受けてしまい、彼の体から血が噴き出した。

「ぐっ……!」

 痛みに呻き声をあげるシータス。

「ゲヒャヒャヒャヒャ‼︎オイシソウ!オイシソウ!」

 彼の血を見たグールはますます興奮し、彼に対する攻撃がより一層激しくなった。

 このままでは彼は八つ裂きにされグールの餌食にされてしまう。

 セインはなんとか目の前の敵の息の根を止め、シータスの元へ向かった。

 間に合うか。

 セインが急いで彼の元へと走り出したその時。

 ビュウッと鋭く風を切るような音が聞こえた。

 そして次の瞬間、ガッという音と共にグールの頭から血が噴き出し、その場に倒れこんだ。

 何が起きたのか。

 セインは思わず足を止めて様子を伺う。

 倒れたグールの近くにいたシータスも一瞬の事に何が起きたか判断がつかなかった。

 倒れこんで動かなくなったグールを注意深く観察してみると脳天に矢が深々と突き刺さっていた。

 これは……

「……イリヤの矢……」

シータスは痛む肩を抑えながら、そう呟き彼がいる方向を見た。

 セインもつられてその方向に視線をやる。

 夜の闇に陰り、表情はよく見えないがイリヤが腕を伸ばしこちらに親指を立てている輪郭が見てとれる。

 きっとその顔は満面の得意げな表情だろう。

 しかし、この夜の帳の中で決して近くは無い距離でありながらも急所に一撃を与えるイリヤの腕の良さとプレッシャーの強さはさすが一流のハンターの為せる業だ。

 普通だったらそばにいるシータスへの誤射を怖がって射てるものではない。

 セインとシータスは顔を見合わせ戦闘の終わりに安心し笑みを浮かべ、イリヤと共にアリス達の元へと戻った。

 そして彼らの元に戻るとすぐに駆けつけたのはラビアンとリリアナだった。

 血だらけの二人を見て、大変驚いた顔をしていた。

「ちょっと!血まみれじゃない!大丈夫!?」

 ラビアンがシータスの体に触れる。

 致命傷は避けているようだが肩や腕の出血がかなりひどい。

 リリアナもセインの腕に触れ、

「セインさんは大丈夫なんですか?」

と心配した表情を彼に向ける。

「ああ、傷一つない。俺のはグールの返り血だ」

 セインがそう答えると、リリアナはそれほど表情を変えず、そうですか、と安堵のため息を漏らしていたのに対しラビアンの方は彼に対して明らかに怯えた表情を向けた。

 彼女と目があったセインはその表情に対しあまり気にすることもなく、そっと彼女らから離れ、木の根元に座り込んだ。

「シータスさん、じっとしていて下さい。今、手当てをしますからね」

 一方でリリアナがシータスの手を取り彼の腕の傷を左手でゆっくりなぞった。

 ラビアンもリリアナにならい、シータスの背後から彼の肩の怪我に治癒魔法をかけ始めていた。

 そんな彼女らの手当てを受けながら、シータスは不思議な事に気が付いた。

 肩に感じるラビアンの治癒魔法は以前から知っている感覚で治癒魔法独特の、肌が火照り、塞がろうとする傷口が疼き痒くなるような違和感がある。

 これさえなければ治癒魔法は便利なのだが、といつも感じていたことだった。

 だが、リリアナの手当てはラビアンの魔法とは全く違った。

 治癒魔法がもたらすような違和感は全く無く、ゆっくりと痛みがひき、感覚としてはリリアナの手が患部に触れているという事ぐらいだった。

 患部をなぞる手が離れた時、最初からそこには何も無かったかのように元の肌に治っていた。

 力を込めてみてもまるで違和感らしい違和感も無い。

「…………」

「どうしました?まだ痛みますか?」

 不思議そうな顔をしているシータスにリリアナが思わず声をかける。

「あ、いや……なんでもないんだ。ありがとう」

 シータスが礼を言うとリリアナは嬉しそうに首を傾げてニッコリ笑い、彼のそばを離れセインの元へと向かって行った。

 シータスはそんな彼女の姿を見ながら、初日にオレオール国王の説明を思い出していた。

 リリアナの、シータスに使った力は魔法とは違う。

 聖王がかつて持っていた能力であり、その力は聖王の生まれ変わりでしか持ち合わせることが出来ない。

 つまりその特殊能力はこの世界でリリアナしか使えないということだ。

 これがかつての聖王の力なのか、とまじまじと腕をみつめていると

「ハイ!終わったよ!次からは気を付けなよー?」

 治癒魔法をかけてくれていたラビアンが彼の肩をポンと叩きながら言った。

「ありがとう。悪かったな」

「ううん、魔物たくさんいたんでしょ?こちらこそ、守ってくれてありがと、だよ!」

 シータスの言葉を聞いてラビアンはため息をつきながらも微笑んだ。

 彼女もニコッと笑顔を返すと、イリヤの座っているあたりに腰掛けた。

 なんだか、情けない結果になってしまった。

 あの戦闘でセインは無傷で済み、自分は怪我も負いイリヤの矢にも助けられた。

 全く情けないな……カッコ悪い……最低だ……。

 シータスは色々呟いた後、空を見上げた。

あんな化け物がうろついているなどというのが嘘なのではないかという錯覚を覚えてしまうほど、夜空は宝石をちりばめた様に輝き、月は柔らかい布で包まれたように優しい光を帯びていた。

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