第8話「グーロ」
オレオール王国を発った一行は軽く順路確認をした後にシータスを先頭に北にあるハイデという小さな村を目指していた。
クローディスの城までは順調に行けば五日で辿り着ける。
皆既日食の日までは充分に時間はあった。
心配なのは、そこに行くまでの途中必ず襲ってくるであろう怪物達からリリアナを守りきらなければならないという事だった。
特別な力を持っているというこの少女を決して死なせてはいけない。
シータスは王の言葉を思い出していた。
アンデッドや吸血鬼に咬まれれば奴らの仲間になってしまい、どんな方法を持っても二度と人間に戻れない、と。
もしその時になった場合……オレオールも……いや、世界が奴らの支配下になる……?
アンデッドや吸血鬼はシータスやセインにとって戦い慣れた相手だが、他の四人は違う。
だからこそ王は、危険な接近戦に持ち込まないで済む戦い方が出来るアーチャーのイリヤとガンナーのアリスを護衛のメンバーに選んだのかもしれないが……。
ラビアンとリリアナは全く戦えない。
十分に注意しなければ。
シータスは二人を見やった。
「リリアナちゃん、足元気を付けてね。疲れたら遠慮せず言うんだよ」
「はい、ありがとうございますラビアンさん」
一番若いリリアナを面倒見のいいラビアンが気遣っている。
「リリアナ!腹減ってねーか?なんか食うか?」
「もー、お腹すいてんのはイリヤのほうなんじゃないの?」
「バレた?」
イリヤとラビアンのやり取りにリリアナも楽しそうに笑っている。
少し心配だったがラビアンの気遣いもあってリリアナもそこそこ馴染めているようだ。
シータスは安堵の笑みを浮かべた。
「どうしたの?なんか嬉しそうね」
彼の姿が目に入ったアリスが横から話しかけてくる。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだ」
そんな彼を見てアリスも微笑んで、そう、と呟くように言いシータスから視線をそらした。
視線をそらした先にセインの姿が映った。
フードを深めにかぶっていて顔がよく見えなかったが、黙々としていながらもしっかりした歩みをしているあたり疲れている、なんてことは無いだろう。
実は、アリスはこのセインという謎めいた男に興味しんしんだった。
護衛の中では唯一城下町暮らしで特殊な仕事をしている男。
黒づくめの格好に無口でミステリアス。
どんな人なのかな?
話しかけたいけど、こういう人ってどんな話題を振ったらいいのかしら……。
そんなアリスにジロジロ見られていることに気付いたセインが口を開いた。
「……なんだ」
「あ、えっと……」
表情も口調もあまり変化を見せない彼を見ていると機嫌が悪そうにも見えて、明るい気性のアリスでもなんだか少し焦ってしまう。
いや、実際ジロジロ見られた事に機嫌を損ねているのかもしれないが。
アリスは次に続く言葉を探し、やっと発した言葉は他愛もない一言だったがセインにとっては意外な一言でもあった。
「……い、良い天気ね?」
「…………」
セインの表情はあまり変わらなかった。
……睨まれているようにも見える。
そりゃそうよね……言わなきゃ良かったかしら……。
アリスが少しばかり後悔していると
「……そうだな。日差しが強いのは勘弁してほしいが……」
意外にもセインはちゃんと会話を続けてくれた為、アリスは若干安心した。
「だから、フード、かぶってるの?」
ぎこちない口調だがアリスはせっかく返してもらった会話を終わらせたくは無かった。
セインも前を見て歩きながらもときおり彼女の目を見ていた。
「ああ、そうだ」
「そ、そうよね。いつもは怪物退治を夜にやってたんだものね。私も太陽の光はちょっとニガテかも」
「君が、か?」
セインに『君』と呼ばれてドキッとしたアリス。
リリアナに対しては『お前』と言っていたのを覚えていたから、てっきり自分も『お前』呼ばわりされると思っていた。
『君』という予想に反した言い方に思わず胸が高鳴る。
「……あ、うん。日差し、強いと日焼けしちゃうし。シミとか作りたくないしさ」
「そうか。どちらかというと太陽の似合う女性だと思うが……」
「えっ、あ、ありがと……」
ドキッとする事を言うセインにますます顔を赤らめるアリス。
当のセインは特に気にせず思った事を口にしているだけなので、自分の言葉でアリスがそんなに胸を高鳴らせている事など全く考えもしなかった。
各々は他愛のない会話をしながら休憩なども繰り返し、やがて山道に入った。
まだ昼間のはずだが、鬱蒼と茂る木々は日光を遮り足元は薄暗い。
加えて上り坂だ。六人とも自然と口数が少なくなった。
もっとも、ハンターのイリヤにとっては本来の仕事場所でもあったので彼だけはあまり顔色も変えず
「おっ、ここ足場わりぃなー」
だとか
「結構緑が深いな」
などその時々に感じた事を呟いていた。
その独り言に他の五人はあまり気に留める事もなく、気が向いた時だけラビアンやアリスが相槌を返すのみだった。
長い時間代わり映えの無い景色と六人だったが、変化は突然起きた。
なにか不穏なものを感じる。
空気の流れが変わった気がする、と最後尾で並んで歩いていたイリヤとアリスが同時に振り返った。
「‼︎」
彼らの目に映ったのは大型犬のような体つきに山猫の顔をもった巨体の魔物が、もうすぐそばで牙を剥いて今にも襲いかからんとしている姿だった。
「グーロだ!!」
イリヤが怒鳴り声で知らせ全員が振り向いた。
最初に攻撃を繰り出したのはアリス。素早くハンドガンを抜きグーロの頭目掛けて発砲する。
しかし素早くかわされ銃弾は胴体をかすったのみ。
「ごめんミスった!シータス!ラビアンとリリアナちゃんを下がらせておいて!」
言われずとも無意識にシータスは彼女ら二人の前に出て盾となっていた。アリスはすぐさま二発目、三発目を撃ち込む。
が、これも致命傷に届かず銃弾は胴体と太い首に埋もれていった。血が噴き出してはいるが、グーロの敵意は変わらずこちらの様子を窺いながら牙を剥いている。
「頑丈なヤツね!」
アリスが胸のダガーナイフを抜き取った瞬間。
脇から飛んできたのはイリヤのサバイバルナイフ。狙いはしっかり定まり勢いよくグーロの額に突き刺さった。
「ガアアアァァァ!!」
さすがにこれは効いたかグーロが雄たけびをあげる。
「っしゃ!当たったァ!」
ニヤッと笑うイリヤ。これはやっただろう、と一瞬気が緩んだが巨体のグーロは倒れる事無く再び牙を剥いて突進してきた。
「っかー!ダメか!!」
「うっそ、どんだけ頑丈なのよ!」
慌てて銃を構えるアリスと弓矢を構えるイリヤ。
しかし、この二人の前を素早く抜け、グーロに一撃を与えたのは一人の黒い影。
ビュッという風を切る音が聞こえたかと思うとグーロの喉元へ一線、キラリと刀の残像が走った。
途端、血が大量に噴き出し
「グオオオオォォォォ……!」
と悲鳴にも似た鳴き声をあげ、グーロの巨体はドシンと倒れこんだ。
辺りに砂埃が舞いイリヤやアリスが咳き込む。
セインは刀に付着した血を拭き取って鞘に収めながらグーロが立ち上がってこないのを確認していた。
少し痙攣していたがさすがに喉笛を掻っ切られて虫の息のようだ。
剣を構えているシータスの後ろでリリアナとラビアンは呆気にとられてその攻防を見ていた。
「倒した……」
「すごーい!」
鮮やかな太刀さばきに目を輝かせるアリス。イリヤは少し面白くなさそうにしながら
「まぁ俺のナイフも脳天直撃してたんだけどなー。ナイフじゃあんなもんだしなー」
と負け惜しみじみたことを言ってセインとグーロを交互に見る。するとアリスがぶっと吹き出す。
「イリヤ、それダッサ!」
イリヤは頭をボリボリかきながら
「うっせ!それより、こいつどうするよ!」
と無理やり流れを変える。
「どうするってなに?」
シータスの影にいたラビアンがイリヤに近付きながら眉をひそめつつ訝しがる。これに答えたのはシータスだった。
「普通に肉は食料にも出来るし、ひづめは眩暈や耳の痛みに効く薬になるんだ」
「そうそ、腸は楽器の弦になるし、毛皮なんかは防寒具に加工すると最高なんだぜ」
イリヤもグーロを軽く蹴りながら答える。そんな二人の言葉を一人離れた所で聞いていたリリアナは小さな声で
「うそ……」
と顔をしかめた。
ただでさえ初めて見る怪物に”怖い”だとか”気持ち悪い”と感じてるのにその怪物の肉を食べたり毛皮を使ったりなんて……大陸の国では当たり前なの?
戸惑うリリアナに気付かない他の皆はどんどん話を進めていく。
「肉は少しで良くない?さすがに食べきれないでしょ。肉だけで五百キロぐらいありそう」
「薬の材料になるならひづめも欲しいかな」
「毛皮は高く売れるから置いてくのはもったいないぜ」
「まぁ必要な分だけいただこう」
皆がグーロを取り囲んで相談する傍ら、セインはぽつんと離れた場所で青ざめているリリアナの姿に気付いた。
「……気分が悪いのか」
「え、ええ……あの、私……ごめんなさい……」
言いどもりながら目を伏せるリリアナ。セインは軽くため息をつく。
「俺が付き添うから少し離れた所で休んでいろ。これからあの化け物の解体が始まるぞ」
「は、はい……やっぱりそうですよね……」
二人は四人の話声が聞こえなくなる程度の距離をとり、腰掛けて彼らの作業の終わりを特に言葉も交わさずに待った。
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