第6話「依頼」

 王が状況を話し終えると、セインは少し俯き口元に手を当て何か考え込んでいるようだった。


「今回の事件解決には君が必要だ。それとあと四人、この城内の者を護衛につけている。その中にシータスもいる。頼めるな?」


 考え込んでいるセインに念を押すように訊ねる王。


 しかしセインは下を向いたまま、まだ何か考えている。


 その姿を見ていると嫌な予感が、よぎってしまう。


 まさか、迷っているのだろうか……?


 ヴァンパイア退治が生業の彼でも今回はさすがに危険すぎると恐れているのだろうか。


 しかし無理もない。アンデッド達を統べる吸血鬼の王が相手なのだ。


 少々不安に駆られながらもセインの考えがまとまるのを固唾を飲みながら待つ。


 そしてまもなくして顔を上げたセインの口が言葉を発した。


「わかった。聖杯の奪還と吸血鬼の王の討伐、受けてたとう。それは他でもない俺の仕事だ」


 さっきまで考え込んでいた姿が嘘かと思えてしまう様な強い口調の返答。揺るがない決意さえ感じさせる。


 それでも微々たる不安が残るのは先程のセインの様子のせいか。


 とはいえ、依頼を受けてくれることに変わりは無い。王はひとまず安心し、安堵の息をもらす。


 だが、セインは言葉を続けた。


「確認だがその修道士、聖王と同じ力が使えると言ったか?」


「ああ……悪しき者を浄化出来たり、病気や怪我を魔法なしで治せたり出来るそうだ。物や水、炎を清める事も可能だそうだが」


 意外な質問に少し戸惑いながらリリアナの能力について具体的に説明する王。


「全く魔力を使わずに、か。そんな人間が本当にいるものなのだな……」


 セインは独り言のように呟く。


「陛下、今回は俺に報酬はいらない」


「な、なんだと……?なぜだ?」


 予想だにしなかった言葉に王はひどく驚いた。


 今までも、いつも任務遂行後には必ず報酬を受け取っていたセイン。


 その報酬額について彼はうるさかった。


 少なすぎても多すぎても駄目で、彼自身にとって必要な額しか受け取らない。


 もちろん少なかった事など無いのだが、多めに払おうとしても受け取ろうとはしない。


 しかし、今回の仕事は吸血鬼の王討伐という今までの比ではないほど難易度の高い仕事だ。


 それこそ今までよりも報酬が欲しいところだろうに、今回はいらないとはどういうことだ?


「俺から頼みがある」


 そう呟く様に言った後、セインは先ほど考えていた事を王に話し始めた。


 その内容は王の予想しなかった事柄で大変なショックを与えた。


「セイン……本気で言ってるのか……」


 彼からの頼みは王にとっては胸の痛む話だった。


 そして、その依頼を遂行しなければならないのは……。


「シータスとその修道士にも伝えておけ。仕事が増える、とな」


 セインは吐き捨てるようにそう言い放つと何も言葉を発する事が出来ずにいる王を背に、また明日来る、と呟いて謁見の間を出て行った。


 彼が廊下を歩いていると兵士に連れられた、まだ少し幼い感じのする少女とすれ違った。


 肩にかからぬ長さの栗色の髪、パッチリした緑色の瞳、白い肌の可愛らしい面立ちの修道士だ。


 立派で美しい刺繍が施された白い厚手のケープに青い法衣を着ている。


 セインは、おそらくあれが例の修道士なのだろうと気付いていつつも呼び止めることもしなければ足を止めることもせず、そのまま歩き続けながら考えた。


 いつか来る時が来ただけだ。


 吸血鬼の王を殺す事も……あの修道士に出会う事も……。


 自分のこれから先を憂うセインの背中を、先ほどすれ違った少女、リリアナが立ち止まって見ていた。


 彼から何か不思議なものを感じていた。


 それが何か、と言われたら言葉ではうまく表現できないのだけれど。


 リリアナはまた歩き出した。小走りして前を歩いていた兵士に追いつく。


 そうして兵士に案内され彼女は王のいる謁見の間に到着した。


 この扉の向こうに、この国の一番偉い方がいらっしゃるんだ。


 否が応でも胸がドキドキと高鳴り、緊張も最高潮だ。


 やがて兵士が謁見の間の扉を開け、先に中へ入って行く。


 リリアナも続くようにその足を踏み入れる。


 なんだかうまく歩けていないような気さえしていた。


 緊張のあまり足が浮いているような感覚だ。


 そのすれ違いざまに髪の長い、軍服を着た女性が出て行った。


 そしてその女性が来た方向に視線をやると威厳ある初老の男性がこちらを見ている。


 目が合うと彼は低く大きな声で


「よく来てくれたな、アールストの修道士。私はこの国を治めているリヴァン・グランフォード・オレオールだ」


と自己紹介をした。それを聞いてリリアナも慌てて礼をし、


「お、お初にお目にかかりますリヴァン陛下。リリアナ・フロイラインと申します」


と挨拶をした。何もかもが初めてなので緊張も不安もないまぜになっている。


 どうしよう、王様の顔がちゃんと見られない。


 あたし、しっかり王様に状況の説明をできるのかなぁ……。


 リリアナは顔を上げ口を開くも、あの、えっと、となかなか次の言葉に繋がらない。


 困ったような顔をする彼女に対し王は手をかざし、その言葉を制止する。


「大丈夫だ。ラジェス教皇から伝書鳥を受け概ね状況の把握は出来ている。聖杯がヴァンパイアどもの手に渡った、と。君は吸血鬼の王の討伐と聖杯を取り戻すという重大な使命を果たす為、この国へ協力を仰ぎに来たのだろう?」


「あっ、は、はい、そうですっ」


 まだどこか慌てた様子のあるリリアナの返事に王は落ち着かせるようにゆっくり頷いた。


「すまないが近隣諸国との問題も考慮しなければならないから多くの兵士を派遣する事は出来ない。敵国が侵攻してきた際に戦う兵士が空っぽでは困るからな」


 王のその言葉にリリアナはあからさまに不安げな表情を浮かべた。


 その顔を見ながら王は続けた。


「だが、君には護衛を五人つけた。五人とも優れた腕の持ち主だ。きっと力になるだろう。いま、側近がその一人である聖騎士のシータスを呼びに行ったからじきにここに来る」


「は、はい……」


 王のその言葉にリリアナはきょとんとする。


 シータスさんだけ?他の人たちは?


 最後に付け加えられた言葉をどう解釈すればよいのかわからないリリアナ。


 すると、謁見の間の扉が再び開き先程の軍服の女性と共に、金色の美しい装飾が施された白い鎧を装備している気品のある男性が入ってきた。


 背が高く、金色の髪に青い瞳をしている。おとぎ話に出てくる王子様みたいでかっこいい人だな、とリリアナは思った。


 二人とも近くまで寄り、礼をする。


「ご苦労だったなセレシア。そしてシータスも度々呼び出してすまない」


 王の言葉に二人とも、とんでもございません、と首を振る。


 そしてセレシアは再び玉座の脇に立った。


「シータス、彼女がリリアナ修道士だ」


 王がそう言うとシータスは彼女の方を向き、


「君の護衛の一人、聖騎士団長のシータスだ。話は聞いているよ」


と優しく微笑んだ。リリアナも慌てて、


「あ、アールスト聖堂の修道士リリアナですっ!よ、よろしくお願いします!」


と深くお辞儀をする。


 その様子を見ていた王はひとつ軽く咳払いをして口を開いた。


「さて、お前達二人だけに特別な依頼がある」


 彼の言葉に二人とも神妙な面持ちになる。


 王は先程、セインから頼まれた事をわかりやすく丁寧に二人に伝えた。


 その内容にリリアナは驚きながらも了承したが、彼と交流のあるシータスはさすがにショックを受けた様子で、しかしその依頼を聞く限り渋々ながら了承するしかなかった。

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