第5話「夜行性の彼」
使いに出されたレックスは城下町の地図を持ち出して、まずはセインの自宅を確認した後に城下町に出た。
普段は城内にいる事が多いので城下町の地理関係には不慣れだ。出掛ける用事を任されてもすぐ忘れてしまう。
加えて人の多さ。ちょうど昼時なので外出している人達が多い。
食堂に入っていく者、出てくる者。路上で立ち話を楽しんでいる者達もあれば、路上演奏をしている者までいる。
しかし、これから呼びに行くセインはこの賑わいの中には絶対に交わる事はない。
アンデッドハンターの彼はその職業柄、必然的に活動時間が夜になる。
普通の人達が寝静まる時間にアンデッド達と共に目覚め、駆除する為に町の外や他の町まで出掛けていくのだ。
なので今は普段なら寝ている時間。
彼にとっては普通の人の真夜中と同じ。
これからその貴重な睡眠時間を妨害しに行くのだからレックスは少しばかり気が重くなっていた。
……セインの自宅付近に着いた。
彼の自宅はアパートの地下階という珍しい場所だ。
以前、この地下階はバーだったのだが他に移転したのでその空き店舗をセインの要望で住居に改装して住んでいるという。
わざわざ日の光が当たらない地下階に住むのもその職業が理由なのだろう。
人は日光を浴びる事で体内時計を調整しているというし。
レックスはセインの居住空間についてそんなふうに考えていた。
やや狭い階段を下りてドアの前に立った。そしてコンコンとノック。
少し待つが何も聞こえてこない。
……というか、そもそも寝ていたらノックの音なんて聞こえないのでは?
レックスはやや不安になりながら再度ノックをした。
これでも出てこなかったらどうしよう?
起きるまでノックを続けるのか?なんかそれもちょっと嫌だな……でも陛下の命令だしな……。
これで出てこなかったら出直そうかなぁ、陛下には事情話して……いやでも多分、怒られるんだろうなぁ、緊急事態って言ってたし。
色々考えながら、レックスがまたノックをしようと軽く握った拳を上げた時。
ガチャリとドアが開いた。
ハッとしてレックスが隙間から中を覗くと黒髪の青年が額に手を当て怪訝な顔をしていた。やはり寝ていたのだろう、服装は上下紺色で統一した部屋着だ。
冷たい紫色の瞳がレックスを睨んでいる。
「……何の用だ」
寝起きの彼はひどく機嫌が悪そうだ。レックスはぴっと背筋を伸ばして
「お休み中のところ申し訳ありません!陛下から緊急事態の用との事でセインさんをお迎えに上がりました!」
とセインの顔をきちんと見ながら伝える。
「緊急?」
セインは眉を吊り上げながらその内容を確認しようとするが
「あ、はい……すいません、慌てて出てきたものですから詳しい事はきいてなくて……」
レックスは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。セインは小さくため息をつき、
「……わかった。着替えてくるからあがって待っていてくれ」
と言うとレックスを招き入れ奥へ消えていった。レックスは少し緊張しながらダイニングルームの椅子に腰掛けてセインの着替えを待つことに。
実はセインの自宅に訪問する事は何度かあった。
王からのアンデッド退治の依頼を伝えに行く事は主にレックスの役目になっていたからだ。
しかし、それは日が沈んでからの時間帯の方が多く、こんなふうに着替えを待つというのは今回が初めて。
なので自宅にあがらせてもらったのも初めてだ。
アンデッドハンターってどんな部屋に住んでるものなんだろう、なんて思っていたが特に変わったところもない普通の部屋だ。
几帳面な性格なのだろう、どこもよく片付いている。なんかいい匂いもするし。香水の匂い?花の匂い?甘く落ち着いた香りがどこかからレックスの鼻をくすぐる。
部屋の中をきょろきょろ見回しているとウォールフックに瑠璃色のロザリオのネックレスが下げられてるのが目に留まった。
アンデッド退治で必要だったりするのだろうか。
「待たせた。行こう」
着替え終わったらしいセインの声が聞こえレックスは慌てて立ち上がる。見ると彼はフードつきのクロークを着ていた。
すごいなぁ、ホント少しでも太陽の光を浴びないようにするもんなんだ。
アンデッドハンターってそういうのも気にしなきゃいけない大変な仕事なんだな……。
レックスはぼんやりそんな事を考えながらセインと共に城へ向かった。
王がそのまま玉座で座って待っていると、レックスがばたばたと駆け込んできた。
仮にも神聖な場の謁見の間であるにもかかわらずここまで騒々しく入室してくる人間も珍しい。
それがしかも側近なのだ。王はふぅっと小さくため息をついた。
当のレックスは明るい表情を見せながら王に報告する。
「陛下!セインさんを連れて参りました!」
さっきの四人が退室してからもうどれくらいの時間が経ったのだろう。
本来なら同じタイミングで事情を説明したかったのだが。
また同じ話をするわけだから二度手間である。
後でがっつり説教だな、と静かな怒りを隠しつつ王は彼に下がれ、と命じた。
そして謁見の間に紺色のクロークを着た黒髪の青年が入室した。
彼の紫色の瞳がじっと王を見据える。そして、ある一定の距離まで近づいた時、ゆっくり立ち止まり浅く王に礼をした。
それをきっかけに王も口を開く。
「久しぶりだな、セイン。私の側近は何か無礼をはたらかなかったか?」
「いや、よくやってくれてると思うが……」
そのセインの言葉にレックスはパッと明るい表情になった。
それを横目で見ていた王が強めに咳払いをするとレックスは慌てた様子で真顔に戻り姿勢を正した。
レックスはなぜかこのセインに気に入られている。だからセインを呼びに行かせるのはレックスにさせているのだが。
セインの、王に対する態度は他の者とは違い独特だった。
相手が国王であるにもかかわらず、媚びる事も無ければ姿勢を変えることも無くだからといって偉そうに見下しているわけでもない。
彼はこういう人間で『身分』も『立場』も彼にとってはみんな一緒であり同時に重要性はないのだ。
静かで落ち着いたセインの低い声も喋り方も、どこか人を安心させる響きがあるようで、先程までレックスのせいでイライラしていた王も少し気持ちが落ち着いてきた。
「それで、用は何だ」
セインはレックスから王に視線を移す。
王は深く頷き、話を切り出した。
「今までの中で最も難易度の高い仕事の依頼だ」
王はまた、先程四人に話した事をセインにも話し始めた。
話していくにつれ、あまり表情を出さない性格であるはずのセインの顔が次第に険しくなるのを王は見逃さなかった。
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