第3話「海を駆ける知らせ」

 オレオール王国へ向かう為、急いで旅路の支度を行い、聖堂を出たあとリリアナは聖堂の近くにある埠頭から船に乗った。

 もちろんリリアナはこの島から他の大陸に渡るのは生まれて初めてで、まさか他の大陸に移れる日が来るとは夢にも思わなかった。

 広大な海原に出た船は慣れ親しんだ島から離れていく。

 リリアナはそれを寂しげにずっと見つめていた。

正直に言えば、怖い。

 知らない土地、知らない国、知らない人達……。

 考えただけでも不安で押しつぶされそうになる。

 大丈夫だろうか、自分はしっかりやれるだろうか。

 ちゃんと聖杯は取り戻せるんだろうか。

 オレオールの王様は本当に力になってくれるんだろうか。

 ……もし、断られたりしたら……?

 ……手遅れになってしまったりしたら……?

 浮かんでくるのはネガティブな考えばかりだ。

「だめだめ、弱気になっちゃ」

 リリアナはそんな弱気な気持ちを振り払うかのようにぎゅっと強く目を閉じ首を振った後、空を見上げた。

 強く、優しく照り付ける太陽、澄み切った青空。ふわふわの白い雲。

 リリアナの不安な心とは裏腹に空はどこまでも晴れ渡る。

 頬を撫でる優しい潮風にギスギスした気持ちが少しずつほぐれていくようだった。

 するとそこに見たことの無い大きな鳥が横切った。

「あれは……?鳥?」

 なんて大きな鳥なんだろう。

 いいなぁ、あんなに大きな翼でこの空を飛んだら気持ちいいだろうなぁ。

 どこへでも、好きなときに好きな場所へ行けるんだもんなぁ。

 リリアナはその立派な姿に見惚れ、見えなくなるまでその姿を目に映していた。

 体を包み込む潮風にあたり、広大な空と大きな鳥の姿を見ていたら、なんだかちょっと不安な気持ちが紛れた。

「……あたししかいないんだよね。あたしの能力が皆を救う為に必要なんだ。怖いし不安だけど頑張らなくちゃ」

 鳥の姿が見えなくなるとリリアナはよし、と呟き船内へ戻って行った。


 リリアナの上を飛んでいた鳥は滑空し、リリアナの目指しているオレオール王国の城へと降りたった。

 城の一番上にそびえる小さな塔のテラスで長旅にてくたびれた翼を繕う鳥。

 その存在に気付いた初老の男性がテラスへと出てくる。

 初老とはいえ威厳あふれる姿で、大きな体に真紅のガウンを着た男性が傍へ寄っても鳥は逃げようとはしなかった。

 よくみるとその鳥の足元には小さな書筒が結び付けられていた。

「伝書鳥か……。この鳥はラジェスからだな……」

 男性は鳥を脅かさぬよう、ゆっくり優しく書筒を取り外して中の手紙を取り出し、部屋の椅子に腰掛けて手紙を読み始めた。

 手紙にはアールスト聖堂で起きた事柄、吸血鬼の王に聖杯を奪われた事、その為にリリアナを送り出した事などが丁寧な文章で記されていた。

 そして、その為に協力して欲しい、という言葉で終えられた手紙を読み終えた男性は少し考えこんだ後、立ち上がって部屋の外へと出て行った。

 テラスからその姿を見届けた鳥は役目は果たしたと言わんばかりに翼を広げ、美しい景観を連ねるオレオール城下町の上空へと飛び立って行った。


男性は急な事態にやや焦りを感じていた為に、部屋のドアを強めに閉めてしまった。

彼の部屋のドアのそばに立っていた軍服の女性が驚き、いつもと様子の違う男性に心配そうに声をかける。

「陛下、どうされたのです?お顔色が優れないようですが」

その女性の言葉に陛下と呼ばれた男はチラリと彼女を見やる。

「セレシアか?ちょうど良かった。謁見の間に聖騎士団のシータス、狩猟団のイリヤ、狙撃部隊のアリス、そして魔道師団のラビアンを呼んで来てほしい。火急の事態だ。出来るだけ早く頼む」

王の緊迫した面持ちにただならぬものを感じ、はい、としっかり答え走り去っていった。

セレシアは王の側近の一人で、何事にも迅速に対応してくれる。

緊急事態には重宝する人材だった。

しかし、問題なのがもう一人の男性の側近。

セレシアが部屋の前にいたのに対し、この側近はマイペースな性格で、必ず近くにはいるものの姿が見えないことが多い。

「レックス!レックスはいるか!」

王はどこにいるのかわからないもう一人の側近に聞こえるように声を張り上げた。

すると廊下の曲がり角から軍服を着た男性がひょこっと顔を出した。

もう一人の側近、レックスである。

「どうされました?」

のんびりとした口調はいつもは気にならないのだが、こんな状況だといささか苛立ちを感じてしまう。

だが、今は彼を説教している場合ではない。

「緊急事態だ!城下町のセイン・シュヴァルツを至急、謁見の間に連れてこい!いつもアンデッド退治を依頼しているセイン・シュバルツだ!」

「わ、わかりました!いってまいります!」

 マイペースな男でも、やはり王の表情は読めるらしくどこか焦った様子で走っていった。

 先ほどセレシアに呼びに行かせた四人とは違い、セインは城内の人間ではなく町に住む者でたまに領地に現れるアンデッドモンスターの退治を依頼している、アンデッドハンターだ。今回、吸血鬼が相手なら彼の得意分野だ。彼の腕は必要不可欠だろう。

 幼すぎるリリアナを守るためには、優秀な護衛が必要だった。

 本当は軍隊を派遣すべきなのだろうが、オレオールの国は近隣諸国と緊張状態にあり敵国からの攻撃にいつでも応戦出来るよう、いま兵力を外に出す事は出来るだけ避けたかった。リリアナの為に軍隊を出すという事はその間はオレオール王国が無防備の状態になるということ。

 申し訳ないが少数精鋭で臨んでもらうしかない。その代わり特に優れた者達を護衛に選んだ。

 王は謁見の間に向かいながら考え込んでいた。

 しかし、なんと皮肉な事だろうか、と。

 三百年前に吸血鬼の王を討伐した聖王の生まれ変わりが、また吸血鬼の王とかち合うことになろうとは。

 まだ十五歳だというのに。

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