口裂け女 ハッピーエンド編

砂上楼閣

第1話


杖をついた男が人通りの少ない道を歩いていた。


すでに日は沈みかけ、辺りは薄暗くなっていたが、男の足取りに迷いはない。


逢魔が時、近くに人気はなく、遠くから喧騒が届いてくる。


男はこの誰ともすれ違わない寂れた道を気に入っていた。


正面から一人の人影が近づいて来た。


赤い服を着て、白い大きなマスクをつけた女性だ。


女は男に近づくと一言、こう尋ねた。


「私キレイ?」


少し考えた後、男は答えた。


「ええ、キレイですよ」


するとその女性は突然マスクに手をかけ、それを剥ぎ取りながらこう言った。


「これでも……キレイかー!!」


何と、その女性の口は耳元まで裂けていたのだ。


しかし、男は少しだけ困った顔をしながらこう言った。


「申し訳ない、私は目が見えないんですよ。なので"これでも"というのが何のことかはわかりません」


見れば¨白い¨杖をついた男は夕暮れ時だというのに真っ黒なサングラスをつけていた。


少し思案した後、女はそっと男の手を取ると頬の裂けている部分をなぞらせた。


頬に触れた男の手が一瞬揺れ、自分の話している相手が口の裂けている女だと気づいた。


そして女は、もう一度先ほどの質問を繰り返した。


「これでも……口が裂けていてもキレイか!」


男の答えは変わらなかった。


むしろ、よりはっきりと言い放った。


「あなたは、キレイな人です」


そう言って微笑む。


「私が光を失ってからずいぶん経ちます。


そして多くの人に会ってきました。


今のように道で声をかけられたこともあります。


多くの人は私が盲目だと知ると、声をかけたことをあやまり、同情し、申し訳なさそうに去っていくのです。


しかし、あなたは盲目と知ってなお私の意見を聞こうとしてくれる。


口のことも触れさせることで教えてくれた。


私のことを面倒な相手だと扱わない。


すごく嬉しいことです。


私は外見のことはわからないので、そういった基準でしか判断できませんが、あなたは少なくとも、私にとってはキレイな人です。


失礼でなければ、あなたともっと話をしてみたいです」


と、とても嬉しそうに話す男。


女は呆然とした後、急に音が出そうな勢いで赤面し、


「あ、ありがとう、きょきょ今日は時間がないから、これ、これで失礼します」


とだけ言うともの凄い勢いで走っていってしまった。


後には残念そうな表情を浮かべた男が残された。




走りながら女は自分に言い聞かせる。


(心臓がすごくドキドキしているのは今走ってるせい!)


頭に浮かぶ先ほどの男の嬉しそうな顔を振り払いながら、赤面した女は走り続けた。


うっかりマスクをつけ忘れたせいで、女の顔を見た誰かが悲鳴を上げるが、それすら気にならなかった。




後日、杖を持った男と大きなマスクをした女性が仲よさそうに話しながら歩いている姿が、たびたび目撃されたという。

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口裂け女 ハッピーエンド編 砂上楼閣 @sagamirokaku

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