クグイとスザク

はやぶさみや (第一王子アラタカ皇居) 】


 スザクはヒバリヒメの寝所しんじょとしてあてがわれた部屋のふすまを、音を立てないようそっと開け放った。

 そうして中の様子をうかがうと、大きく盛り上がった布団の中で寝息を立てる人影を確認する。

 スザクはやはり音を殺しながら部屋の中央に歩き出し――黒鉄くろがねの刀剣を布団のど真ん中に深々と突き立てた!


「むっ……!」


 ところが刃は強い衝撃と共に弾かれる。

 何か固い物に斬りつけた手応えをスザクは感じる。

 次の瞬間、布団が大きくめくれあがってスザクの視界をふさいだかと思うと、向こう側から白銀しろがねの刃が突き出された。

 顔面目掛けて飛んできた突きをスザクは後退して回避する。

 わずかに体勢を崩したスザク。

 そこへ白銀の刀剣を手にしたヒバリヒメは、身重みおもとは思えぬ動きで斬りかかる。 

 交差する白と黒の剣。つば迫り合いの恰好となる。


「よくよく……女装の好きな男だ」

「な~んだ、気付かれちゃってたのか」


 ヒバリヒメの漆黒の頭髪がずるりと滑り落ち、中から山吹やまぶき色の頭髪が現れた。

 同時にゴトリと重々しい音を立てながら、の腹から大岩が転がり出てくる。

 ヒバリヒメ――にふんしたクグイはいたずら坊主のような無邪気な笑顔を浮かべた。


「だけど、こっちには気付いてなかったみたいだね」

「くだらん小細工を……」


 互いの力が拮抗きっこうしているのを感じ取って、どちらともなく二人は距離を取る。


「ここで待ち構えていたということは……あの巻物を読んだのか?」

「うん。驚いたよ。まさか……きみたち姉弟がツキノワの民だったなんてね」


 これまでずっとだまされていたことに対するクグイの非難ひなんめいた視線に、スザクは特に反応もせずに問いを重ねる。


「どうやってここへ来た? この屋敷はサザキ第二王子の兵によって包囲されているはずだ」

「隠し通路だよ。じいやに教えてもらったのさ」


 構えを取りつつ相手の出方をうかがう両者。

 本来の実力差を考えれば、スザクにとってクグイなど取るに足らない相手だ。

 しかし白銀の刀剣――霊剣クサナギの力によってヒノワ一族としての潜在能力を引き出されている今のクグイは、決して油断できない存在だった。

 慎重に間合いをはかりながらスザクは会話を続ける。

 

「それでトキジクが姉上を連れ出し、ヌシがワレの足止めに残ったわけか……愚策だな」

「どういう意味?」

「ここに残るべきはトキジクの方だった。ヌシではワレの相手は務まらぬ」

「それはやってみなきゃ分からないよ」


 スザクは軽い挑発でクグイの反応を探るも、いかに若輩じゃくはいとはいえさすがに乗ってくることはなかった。

 

「ぼくからも聞きたいことがある」

「……何だ?」

「きみの狙いについて。きみは本当にあれを……不老不死の果実を手に入れるつもりなの?」

「ああ。無論、そのつもりだ」


 次の瞬間、それまでの探り合いを不毛にするようにクグイは飛び出す。

 ところがこれは不意討ちにもならず、スザクは一歩も動かず悠々と受け止める。


「本当に! あれが何なのかを知りながら手に入れようっていうのかっ!?」

「そうだと言っている」


 怒りに震え無駄な力の入ったクグイの打ち込みは、万全の体勢のスザクには通じない。

 スザクが少し力の向きをそらすとクグイは前につんのめった。

 その隙にスザクは霊剣クサナギをクグイの手から弾き落とす。


「くそっ!」


 すぐに拾いなおそうとするクグイだが、スザクが一瞬早く足で押さえつけると、今度は慌てて距離を取った。

 霊剣クサナギなしではスザクに敵うはずもないことは、クグイも重々自覚している。


所詮しょせんは子供だったか。これで終わりだ」


 スザクは左手で霊剣クサナギを拾い上げ、白銀と黒鉄の二刀の刃をたずさえながら近付いてくる。


「せっかくだ。ヌシはこちらの剣で止めを刺してやろう」


 それから左手の方を振り上げると、霊剣クサナギをクグイの脳天目掛けて振り下ろした――そのとき!

 スザクの左手にかかる重みが不意に軽くなった。

 見れば、霊剣クサナギが真っ二つに折れていたのだ。

 何が起きたのか分からず思考停止におちいるスザク。

 クグイは背に隠していた本物の霊剣クサナギを抜き放ち、スザクの利き腕――右の肩口を刺し貫く。


「ちっ……!」


 たまらず退くスザク。

 それからクグイの持つ霊剣クサナギと自分の持つ霊剣クサナギ――だったものを見比べた。

 ガラクタと化したそれを放り捨てながらスザクは言う。


「また小細工か……」

「今度は『くだらん』って言わないんだね。まあ、これだけきれいに引っかかったら負け惜しみにもならないか」


 先程の仕返しとばかりのクグイの挑発を無視して、スザクは自分の体の動きを確かめる。

 やられた右肩は全く動かせない。

 黒鉄の刀剣――神剣クトネシリカを左手に持ち替えて、さらに右半身をかばうように左足を大きく前に踏み込む。

 その構えを見て、クグイは予想通り――否、予想以上の深手をスザクに与えられたと確信する。


「どうやら右腕はもう使えないみたいだね。これならぼくにも勝ち目が出てきたかな」

「笑わせるな」


 今度はスザクの方から仕掛ける。

 クグイは受け太刀は取らず身軽さを生かして回避に専念した。

 先程は演技だったが、万が一にも霊剣クサナギが弾き飛ばされたらクグイの負けなのは変わらない。

 かといって、武器をかばって我が身を斬られては元も子もない。

 霊剣クサナギはクグイにとって唯一の勝機であると同時に、大きな急所でもあるのだ。

 スザクもそれはよく分かっている。

 だからこそ先程の奇策がはまったともいえるが二度と同じ手は使えない。

 クグイとスザクの勝負はここからが本番といえた。


「どうした? 大口を叩いておきながら逃げるだけか?」


 自分が健在であることを見せつけるかのようなスザクの猛攻。

 どうにかすきを突いて反撃を試みたいクグイだが、その機会は訪れる気配がない。


「どうやら小細工も出尽くしたと見える。まともに立ち合えばこんなものか?」


 徐々にスザクの顔は余裕よゆうの笑みに、クグイの顔は逼迫ひっぱくの苦痛にり替えられる。


「はじめに言ったはずだ。ここに残るべきはトキジクだった。ヌシではワレには勝てぬ……とな。

 ヒノワ一族であるヌシではツキノワの民のワレには、決して勝てんのだ」


 挑発を繰り返し、何度もあおきつけてくるスザク。

 その狙いをクグイは見抜いている。

 それでも飛び出したくなる気持ちをグッとこらえ顔を歪める。


「ここで焦って勝負を急がなかったことはめてやろう。だが――時間終わりだ」


 次の瞬間、それまで軽快に動き回っていたクグイが急にひざから崩れ落ちた!

 クグイはスザクの攻撃を一太刀もまともには受けていない。

 にも関わらず、クグイは満身創痍まんしんそういといえるほどに疲弊ひへいしていた。

 

「ツキがヒをおおうとき、真の王が目を覚ます――そして、偽りの王は眠りにつく」


 すでに決着はついたとばかりにスザクは己の右肩の止血を行い、それからゆっくりと歩き出す。

 そして神剣しんけんクトネシリカの切っ先を倒れ伏すクグイへと向けた。


「さて……話くらいならできるだろう? 姉上の居所いどころを吐け。

 さもなくば手足を一本ずつ斬り落とす」


 スザクはこけおどしではないことを示すように淡々と告げる。

 しかしクグイは息を荒げるばかりで何も答えなかった。

 その様子を見て、やはり何のためらいもなくスザクは黒鉄くろがねの剣を振り上げた。


「答えぬか。ならば、まずは右腕から「……ヒバリヒメは」


 ピタリ――と、スザクの動きはすんでのところで止まった。

 クグイの言葉が後少しでも遅れていれば、間違いなく彼の腕は飛んでいただろう。

 それに気付いてか気付かずか、クグイはさらに激しくあえぎながら続ける。


「ヒバリヒメは……彼女は……絶対に死なせない!」


 そのとき完全に死にていだったクグイが跳ね起きる。

 油断しきっていたスザクはこれに反応できない。

 千載一遇ともいえる好機に、しかしクグイはスザクの方へは向かわない。

 クグイが一目散に目指しつかんだのは偽物の霊剣れいけんクサナギ――その欠片かけらだった。

 そして再び倒れ込みながら、最後の力を振り絞って『それ』を投げつけた――ヒバリヒメに女装していた際に腹部に仕込んでいた大岩へと。


「これが最後の――大細工だ!!」


 スザクが『小細工』と称した二つが衝突しょうとつした――刹那せつな、耳をつんざく破裂はれつ音と共に特大の爆炎が巻き起こった!!

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