第19話 街路

 大通りの街道にはひだがある。幾筋もある。徒波あだなみが重なる。

 ひとの心にそれがあるのと同じことだ。自分の心を偽らず知っていれば分かることで、他人の心など決して見えはしないと偽らず知るも、それがまた道に襞として残る。心を持つ者が歩けば残る。勿論もちろん、それは街路がいろにもある。


 心は常に一瞬も止まらず、無情にも無常に流れ続けて止まらない。一風ひとかぜ、波形によっては、わずかな変化でも、激痛が走りもし、歓喜に跳ねもする心、道の襞。街灯がそれを照らせば所詮しょせん細波さざなみ

 心の遠い沖合には横波、縦波たてなみ逆波さかなみ、大波のうねりが千波万波せんぱばんぱと。街道、歩む足下、街路はくるぶし辺りの波打ち際、波際なみぎわ、ときに足を取られもする。大通りの砂浜。ただ足跡は付く。


 街路に列をなす街灯は街路樹で、尽きぬがごとく真っ直ぐに、この一本の大きな通りが見えなくなるまで、果てるまで、連なっている。一列に並んだ無量光、どこに急ぐか、走る。そこに無数の街灯が、みのり連なり垂れ下がる光のち。極大、極小、光は実に金波銀波きんぱぎんぱで色々で無尽蔵むじんぞう。それがまた道の襞をひどく波打たせている。


 ひだの上、波の上を、踏みつぶして歩くと、口ごもる母に手を引かれた水晶の子どもが、なにを指差すか、そんなことは知らないが、それを指差して言う。行きたいよ。あれ、行きたいよ。

 それにつられた紫陽花が泣いて言う。もう逝きたいよ。


 生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ、生きたいよ。


 何事のありしかは知らず。


 すでに体に地蔵の墨入すみいり、心に般若の墨入れ歩くひだの道。情と質が夜のちょうで、節と形が世のつがい。整わなければ風は防げないが、ふさがないのが世の道だ。

 蝶もつがいもありはしない波の道、吹きっさらしに吹かれて歩く。また始終しじゅう




(続く)


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