第16話 可惜(あたら)

 可惜あたら、紫陽花の花といえども、また直ぐに伸び開き、咲き広がる。車道を行き来する大小、軽重、四単よんたんの車輌が、あれもこれも光の線を残して、しげ重々無尽じゅうじゅうむじんの俗法界を創り出しては輝く。

 軽率に扱うべきではない。


 貧道わたしはいま、雲遊萍寄うんゆうひょうきをこととすれば、ここが終点ではなく、振り出しに似た曲がり角を、まがったばかりの界線が整える大通りである。それに沿って進む。


 向かい合うひと、並ぶひと、それぞれ向う先は違っても、同じビルの稜線りょうせんをみ、生活の前線を歩くひとには違いない。そんなことはすれ違う落胆、虫の息で分かる。


 道の先、信号の点滅。まぐろすら釣れないいさり火が、いたずらに騒ぐ街に漂うが、しかし堂々と光る。息が詰まる。

 漁り火は、身も世も無げに、またたきぬ、街は海より、悲しきものをとはいうが、今は知らない水晶の子らが家路に行き交う夜の道。大通り。

 比された海は与謝海よさのうみ。それは天に架かる橋立の阿蘇海あそかいだったか、淡くおぼろ模糊もこ


 豪華でなくていい、荘厳でなくていい。漂う遍参へんざんは所詮、大道だいどう貧道ひんどう。世界が歩く。

 いずれ貧道わたしも流れゆき、ゆくゆくは死に化粧の花々。

 可憐が小首をかしげる花屋を過ぎ、紫陽花の刺繍、造花の光木こうぼく、花の生首、値札の木片、赤札で見切り品になり果てる。惜しむべし、生死しょうじ、惜しむべし。




(続く)




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