第14話 忌点(きてん)

 大通り。

 一寸、二寸とあと少し。振りかえる道は、もう見えぬ闇の中。ならば忘れてしまえと前を見るが、大通りに点滅する灯りはひどく乾いている。それが地べたに映りもするし、足下膝元を照らし始め、転倒てんとうの手前で顚倒てんどうを防ぎもする。


 しかし踏めない点もあるようだ。決して足跡を付けられない地点、過ぎない時点。あの雨点は透過とうかしなかったか。歩けども進めども、逃げてゆき辿り着けない、超えられない点。私の逮夜たいやのようで、の世の忌日の前夜のようで、紛れもなく手前まで来ているにもかかわらず、それはそういうものとして、私を心城しんじょうまで更に引っ張る。ただそれは測量を誤った測量士の夢のお城。


 もう少し歩いたら、遠ざかっただろうか。

 もう少し生きていたら、あと少し長生き出来るだろうに、あと少し生きていたら、もう少し長生き出来ただろうにと、忌点きてんは物言うが、ただそれだけで、この手前に於いてすらもたわむれる妖精たちが、また花を抱えて忌点の周りを回るが、早すぎる回忌かいきに目が回る。

 もう少し歩いていたら、あと少し残っただろうに。


 寿命が五千円を切った。要らない服は切った。ゴミを出し切った。翌日消えていた。

 日々の意匠いしょうは、崩れる衣裳、それは困憊こんぱいの異称で、僅か一日の為証いしょう。請うものもなく起す一枚に、何を益するのかは知らず。疑いなく想う。

 他ほかに別に子細なし。

 活きながら黄泉よみに堕つか、念仏申すか、たかが血でしるされた絵はがきでも、文字が叫ぶ遺書。文字が叫んでいる。文字は原液に帰る。命の現役解除、生活の武装解除だが、行くところも戻る場所もない忌点と起点ならめるだろう。


 もろもろの智者たちの沙汰さたしまうさるる観念の念にもあらず。また学文がくもんをして書く文字もんじにもあらず。不立の文字は文盲の木樵きこりで、いまは臼引き。米をくこと八年。腕をるより希代なり。所詮、文字はただの点、通りを飾る点滅の大文字。所詮、音はただの点、通りを流れる音符の反響。能詮のうせん、心はただの点、拠り所なく塵埃ちりほこりまみれ。

 邪魔だ。点を蹴飛ばし、大通りに入る。






(続く)


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