第12話 死走

 救急車のサイレンが風を裂き、破り散らかし、まだ車音の乱雑さ、べにのランプの攪乱かくらんも見えないが、確かに一寸、二寸程度近づく。かす音に風たちが粉々こなごなに舞い始める。それが雰囲気を喧噪けんそうに満たすにはまだ早いが、騒然とした風景が遠くに透けては見える。生きものが、人が、よいの体を載せる疾走の死走。死が走る。

 ここはいまだ深々とした無言しじま深閑しんかん余韻よいんが、たまにささやくほどの中途だが、近い。


 音が風を切り割さくので、おのずとそこに通り道が出来る。何ひとつ邪魔など無い道にまた通路が出来、散り散りの風が花々、草々の《ひそ》やかなざわめきと、薄くとも色とりどりに響き合う。


 みずからならずも、音に咲かされた心は、かされ、或いは初めから急かされていたのだろうか、何れにせよ気はかされ、一方で何かがかされるが、サイレンと静寂しじまの交わる点を一つひとつみ歩み進む。


 すべての物の外に居ると同時に、自分の中にだけ在るこの道を廻り歩き迷うのは、観覧者の特権であるし、得手勝手な感想の旗を振るが、罰はすべて完走者が受けると空を見上げれば、月に見張られていることに気づく。満たされれば満たされるほど、見れば見るほど、白い紫陽花あじさいに変わるあの月が、紫陽花で、いまも私を見ていることに、照らしさえしていることに、敬嘆きょうたんもし、落胆もする。

 落日は終わったのだと鳥目とりめの鳥に言うようにくじける。



 大通りは近づいている。そこがどんなところであろうと、何が起ころうと、何が待っていようと、大きな通りであり、路地や小道、裏道とはまた違う薄弱と暴力の歓待で、そこを歩くことに間違いはない。転んだら起きればいいのが、何れにせよ道のことわりで、七転八倒の晴れ舞台。幕が開くまであと一寸、二寸。






(続き)


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