第11話 重圧

 薄暗がりでも、どんな道でも足音は聞こえる。体感というのだろうか、体感としての音だ。体に響く自分の音。色々な音がする。雑音であったり妙音みょうおんであったりしながら、絶え間なく体内を流れてゆく。色など無いし、そんなもの要らないのだが、自分にしか聞こえない泣声、絶叫、歓声、泣声。


 裏声、震え声、産声と他人には不快で奇矯ききょうな音だが、自分の中ではいとも簡単に辻褄が合ってしまい、責苦せめくのさざ波、潮騒の海鳴りで、潮が満ちてくると足下が潮にひたるように、やはり重くなる。低くて薄い海水の圧が押し返す。


 重低音は体をし、心も閉じ込め、日も沈める。何故だろう。音はあつとなり私を圧す。何もかもが小さくなる。暗がりも手伝って視野まで小さくし、一歩の用心が深長となるが結局は溺れる。

 慎ましやかな夕暮れ。音の潮騒。流されていった私の異体、残されるのは遺体。魚がつつく異なる体、遺された体は鳥のもの。本体は無い。

 私をついばむ姿は、年老いた女の隠せぬ寂しさ、羞恥しゅうちの吹きさらしの中、尽きせぬ貪欲と、汚れ破れた服が、いつかきっと羽根になることを願う。歩く。


 高きより飛び降りるごとき心もて、この一死いっしを止めるすべなきか、と啄木鳥きつつきでも泣いてくれれば耐えられるものを、重圧が重石おもし、重恩が響き、飛べず羽根もなく堕ちる底も最早、見当たらぬ。ただただ重音じゅうおんに耳を傾ける仕草で進む。


 たとえば水の中に居て、渇を叫ぶがごとくなり。長者の家の子となりて、貧里に迷うに異ならずと、分かっているから迷う道。さらに夕闇迫り来て、光が小さく照る景色、黒白こくびゃく色の道に立つ。自ずと黒が増してゆき、世界を消して、音だけ流す。もはや韻語いんごの境界越えて、隠語のささや耳朶じだけがす。星に助けを求めても、月の明りが星を消す。星を消す。






(続く)

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