第9話 自然(じねん)

 心なしか前のめりに歩く。遠く西の空に赤茶けた雲が地の線と平行に広がり、夕方の迫り来る道に、大通りはさらにその彼方かなたにあるようで、そんな気がして、前のめる前傾ぜんけいの虫。自ずと直情径行ちょくじょうけいこうに歩く自分に笑いもするが、心がそろそろ急かされて、夕餉ゆうげの品の買い出しのスーパーの閉店も気になる。


 前景、両側に続く花々も夕日を体一杯に浴びて、同色の色合いに色を薄め、遅い昼寝を始めるようだ。妖精もそろそろ仏壇を下りて寝所ねどこへ向うか、手に手に仏花をかかげて去る振りをする長い影。


 秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず、と世阿ぜあ諷刺ふうしが何を嘲笑ちょうしょうしたかは存じ上げないが、花伝の姿は、ほら闇の中、風に舞うだけ、音だけ揺れる。見世物小屋に隠す花も、道端にさらされる花も、花は花。あえて創り出す自然じねん自然しぜんのまま、あからさまな自然じねんも見られればそれは芸で、色気も出る。


 急げ。

 序破急じょはきゅう守破離しゅはりもどこかでこの歩を破る作法。規矩きく作法、守り尽くして破るとも、離るるとても、本を忘るな、と利休は茶を沸わかすが、茶に虫が浮いては風狂ふうきょうも破格。茶碗も破れての垂れ流しに、腹を切っての詫び芝居。笑いが止まらぬはやはりあの妖精たちの悪戯いたずらだ。虫を花に変える手筈てはずの遊び。


 しかし、しかして、規矩きく威儀いいぎ、作法、形は決まってこそ美をかもし出すはずであっても、しかし、而して、野暮のてい下衆げす不逞ふていもそこにはあって風狂、破格は亀裂の美を光らせる。

 暮れかかる空に、雲を裂いて差し込む幾本もの夕光の線、風に狂わず、格を破らず、花の色を徐々に薄めるも、根は動かず。






(続く)

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