第8話 闊歩(かっぽ)

 日の強さが暑気しょき湿気しっきを連れて私と伴走し始める。風が止まると熱の陽炎かげろうまでが追ってきて、発汗を促し、空気の湿潤しつじゅん、密度の切迫に私は体の色素を変えようと懸命に湯気を立てる失計しっけい


 それが嫌なら目を閉じて進め。そんなもん進めないから。雨水、汚水の下水に転落し、言葉の原液に溺れ、狂い死ぬのが落ちだ。どん詰まったら新しいか、いつわりに過ぎないかはどうでもいいが、あんたが変われと雲は流れる。って歩けば蛇にも蜥蜴とかげにもなれる。そうすれば、ほら一瞬で識転変しきてんぺん、心のみならず意識もくるくる回って、末那まなの識、煩悩の小人たちが「見た見られた」と騒ぎ出す。そうなれば世界も変わるだろう、たぶん。


 でなきゃ煩悩の小人、妖精は、最も悲惨な死に方をすべきなのだ。最も痛く苦しい死に方をするべきなのだ。最後の痛みだ。「死ぬのは、一回でいいんだ。一回ですむんだ」と紫陽花の葉にくるんだハムスターは、私の身代わりに泣きながら光っていたのだ。

 かつてのあの人でさえそうだったはずだろう。


 彼はこの無明むみょうの大地に立ったのだ。見るべき面影も風格も容姿すらもなく、さげすまれ見捨てられても屹立きつりつしたのだ。私に代わって悪と弱さに対峙たいじしたのだ。彼は人々から顔を隠し姿を隠し、私のやまいと痛みを受け取って歩いた。病と痛みを知っていたのだ。それでもその父は涙を流し彼を打ちつけたが、彼は決して口を開かなかった。一本道を晴れようが曇ろうが歩き切るとはこのことか。

 あるいは、空に浮かぶ美しい詩句を手に取って、読み覚え、他人にまで説き、さらに写し与えさえする。何が書いてあるのかは別として、うたの響きは地べたに安らぐ乞食のころもとなりへやとなって屈強に座らせる。大悲大慈に殉教する使徒の一本道か。

 どちらも真似などできぬ身が、見て見ぬ振りをし、知って知らぬ振りでおどけて踊る。冷や汗は止まらず、異臭を漂わせ、やはり一目散に逃げる道か。


 事々ことごとに縁を消し、それでも一歩一歩に跡を付け、安物の服を着て、歩こうと思えばすなわち歩き、座ろうと思えば即ち座、照り返すアスファルトの道。座者すわるもの立者たつものも同じ時節に惑う者。奇特きとくの者は独り大雄峰だいゆうほうに坐すが、処々に皆、一無依いちむえの真の人ならば、今度は私が身代わりの面影を抱えて、光り輝く自分の身で、独歩どっぽ闊歩かっぽし進めばいい。




(続く)




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