第2話 明珠(みょうじゅ)

 歩く。

 たかが晴れ間の薄明かりでも視界が広がり、さまざまな境界が少しは折り目正しく見せようとその輪郭を明瞭にする。


 歩く。

 弱々しい陽光の中、ひときわ威張る一輪の花に五葉ごようの葉が開くとき、光彩と色彩も開花すると同時に、いままさに初めて世界が生まれ、広がり、私を包み込む。全身は光彩、全心は明珠、道は明彩。残された水たまり、雨だまりで足下に雲が生じ、大地から夕立が一気に沛然はいぜん、吹き上がる。その一瞬にまた花が開き世界起こる。立ち上る夕立の噴水に跳ねる飛沫しぶきで、全人は心となり、全心が人となるのだ。広くもない狭くもない、大きくもない小さくもない、四角でもない丸でもないが、十方世界を尽くして一顆いっかの明珠となる。その光彩と色彩の喝采かっさい


 それは紛れもなく情趣じょうしゅの匂いと余情の香りをもばらまき、くんじもせずにただ漂う気色。匂い香りさえも億万の一顆いっかの明珠で、明けてゆく雨空、梅雨空に空華くうげを散らすこと芬々ふんぷんだ。色をまき散らして、絵画を描く妖精の暇つぶしにそれを眺める影だけの人、陰に逃げる薄汚れた猫、恐れをなした過去が歩く。


 歩く。

 雨上がりの野原に立ち、道を造り、そこにでっち上げたソネットは若くして死んたので、さほど残されていないようだが、ぽつんぽつんとここからも見え、その一つひとつを忘れ草とでも呼んでくれと言う。

 匂いのままの、花のいろ、飛びく雲の、流れたか。やはりあの空に消えてくか。何を連れて逝くか。一本道の上と下、壊れたが歩く。




(つづく)



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