第55話 それでも……っ!!
「お嬢ちゃん高校生? まだ夕方とはいえこんなところにいちゃ危ないよ?」
「ぇ……?」
顔を上げると、小太りの知らないおじさんがいた。
それから周りを見ると、よくわからないけれど煌びやかな建物が並んでいることに気づく。綺麗なのに、なんだか少し嫌な感じがした。突然降りだした雨のせいか、人通りはない。みんな室内に避難しちゃったみたい。
こんな場所、ここら辺にあったっけ? 随分歩いてきてしまったらしい。
「ほら、おじさんの傘に入りな? そんなびしょ濡れじゃ風邪ひいちゃうよ?」
「あ、ありがとうございます……」
知らないおじさんと話すのは怖い。でも、気遣ってくれてるみたい。優しい人なのかな。
「それにしてもお嬢ちゃん可愛いねえ」
違った。途端におじさんは嫌らしい笑みを浮かべる。ねっとりとした視線を感じた。
「こんな可愛い子がひとり雨に打たれてるなんて許せないよ。どうしたんだい? 何か辛いことでもあったのかな。もしかして彼氏に振られちゃったとか?」
「え、あ、あの……」
「あ、それとももしかして~、元からそういうことが狙いなのかな? そうだよね、そうじゃないとこんなところ来ないよねえ。キミ、明らかにビッチぽいし。そういうことならおじさんに任せなよ~」
一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。
でも、おじさんの浮かべる笑みが妙に気色悪く感じた。
「お嬢ちゃんみたいな可愛い子にならおじさんいくらでも出すからさ。それにおじさんこれでも経験豊富なんだよ~。ぜったい良くしてあげるよ」
さらにおじさんの笑みが深くなる。
でも、さすがにもう意味は分かった。
そういうことを、この人はわたしに求めているんだ。
気持ち悪い。怖い。絶対嫌だ。逃げ出したい。
「あれ、どうしたのかな。おじさんじゃダメ? あ、お金なら本当にあるから安心してよ、ほら」
おじさんが何故か慌てた様子で財布を見せてくる。
その財布にはお札が束になってぎゅうぎゅうに押し込められていた。
お金……。
そうだ。少し前に彼が言っていたことを思い出す。
いつまでもパパとママに頼っているわけにはいかない。頼っていられる保証もない。
「それ、くれるの……?」
「うんうん。お嬢ちゃんがイイこと、してくれたらだけどね?」
「……そっか」
お金は必要だ。
でも、一人きりになったわたしに何ができるだろう。何もできないわたし。彼にだって、あんな手段を取ることでしか見てもらえなかったわたし。
どうせあの物語の彼らのような大それた選択だって取れない。ただ、ずるずると無為な毎日を生きていくのだろう。
そんなわたしにできることなんて、これくらいしか……。
「いいよ」
「ほんとに!? じゃあはやくホテルいこっか~。ほんとに風邪ひいちゃうかもしれないしねっ」
掠れるような声しかでなかった。
でもその承諾を聞いて、おじさんはさも嬉しそうに声のトーンを上げる。わたしとは正反対。
もう、どうでもよかった。
もっとはやくこうするべきだった。
両親に捨てられたあの日に、こうするべきだった。
それが小汚いわたしの正しい結末。
おじさんの大きな手がわたしの手を取ろうと伸びてくる。
ああ、連れて行かれちゃう。
もう後戻りはできない。
この手が取られたら、きっともうわたしのチカラでは逃れられない。
逃げる気なんて、ないけど。
――――そして、おじさんの手がわたしの手を掴んだ。
「………っ!?」
色んな光景が頭をよぎった。
幼い彼との日々。一緒に遊んだ。学校に行った。ご飯を食べた。ゲームをした。ディゾニーにも行った。
彼はいつも意地悪で、わたしは泣かされてばかりだったけど。でもいつも、最後には優しくて。わたしを笑わせてくれる。
そんな彼が大好きだった。
彼と再会してから。
両親に捨てられてから。
わたしは最低最悪な方法で、彼と結ばれることが出来た。初めてを、彼に捧げることができた。
罪悪感はいつだってわたしを蝕んで。少しずつ、少しずつ、わたしを壊していくようで。
でも、嬉しかったんだ。彼の隣にいることが、彼に抱かれることが、わたしの幸せだったんだ。
それだけでわたしは幸せになれたんだ。わたしは報われたんだ。
(それでも……っ!!)
わたしの一番大事な記憶を汚さないで。それだけ、それだけでいいから。わたしに抱えさせて。わたしの宝物を奪わないで……っ!
「い、いや……っ!」
「え? お嬢ちゃん?」
きょとんと、おじさんが視線を向ける。
「やめて! 離して! 離してよぉ!」
「おっとっと。ど、どうしたんだいいきなり」
戸惑うおじさんを他所に、わたしは暴れた。チカラの限りを尽くして、暴れた。
それでも、全然おじさんの手を振りほどくことはできない。
夢乃だったら。違ったのかな。強い彼女なら、こんなおじさん、一瞬で蹴散らせたのかな。
わたしじゃ、やっぱりダメみたいだ。
今さら暴れてももう遅い。
おじさんを苛立たせるばかり。きっと酷い未来が待っている。最悪の結末が私を誘う。
それでもわたしは暴れ続けた。叫び続けた。
この雨の中、誰の助けもないことを知りながら。あがき続けた。
「こ、の……っ! いい加減に――――」
おじさんがいよいよもって苛立ちをあらわにする。
殴られるかな。蹴られるかな。
もう怖くはなかった。
覚悟はもうできている。
わたしはきつく、もう二度と開かなくても構わないと目をつむった。
最後に、幼馴染の顔が瞼の裏に映った気がした。
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