第50話 末永く爆発して二度と帰ってくんな!
クラッシュマウンテンは丸太のボートに乗って沼地を流れていき、最後には滝つぼに向かって落ちていく急流下りのアトラクションだ。
童話のような世界を緩やかに進んでいくアトラクションだが、随所に挟まれる急降下はだんだんと大きくなっていく。
子どもの頃は、緊張とワクワクからボートの手すりをずっと握っていたものである。
しかしある程度成長した今となっては気楽なもので、隣に座る友人――
「おまえさあ、何やってんの? 男一人でディゾニーとかどんだけ悲しいんだよ。誘ってくれれば俺行くよ? 男二人で夢の国満喫するか?」
不甲斐ない俺にとっては男だけではしゃいだ方がよっぽど精神衛生上いいと思えてしまうから困ったものである。
「うっせ。オレのことはいいだろ。どうせひとりディゾニーが趣味の悲しい男だよ、オレは」
こんなところにもひとりディゾニー趣味の悲しい高校生が。青春真っ盛りがこんなことでいいのだろうか。
「で? 北見こそ何やってんだぁ? 青春満喫中かぁ? あれって、小暮夢乃と瀬川瑞菜だろ? 片想い相手と幼馴染に囲まれて良いご身分だなぁおい。とりあえず殴っていい? わりと本気で」
「やめろ。ってかあれが満喫中に見えたか?」
「修羅場だな」
「………っだろ?」
「はっ! 何がだろ、だボケ! 非モテにとってはなあ! 修羅場自体が羨ましいだよ! 修羅場が辛いなんてのは所詮勝者の戯言だ! 美少女に好かれた経験なんて一度もねえオレたちのことを1ッミリも理解してねえ! そんなやつはさっさと美少女たちに愛想つかされて滅んでしまえばいい!」
「おい、声でけえよ」
「うるせえ知るか」
「他の客に迷惑だろ」
「ふんっ」
遠野は腕を組んでそっぽを向いてしまう。
そんな間も、夢の国らしい楽しいだけの音楽は流れ続けていた。
「ホントに、何やってんだよ。北見」
ふいに、遠野はボソッと口を開く。
「オレにはわかんねえことばっかだけどよ。でもさ、なに、修羅場ってんだよ。おまえはそうじゃねえだろ」
「なにが」
「答えなんて、最初から決まってるんじゃねえのかよ。純愛厨が恋したんだ。その恋ってのは、一生もんじゃねえのかよ」
「……」
「まあ、幼馴染ってのもそりゃあ大事だろうさ。オレにはいねえからエロゲの知識でしかないけどな。北見と瀬川瑞菜の関係だって、全く知らねえけどな。でも幼馴染が一生もんの関係性だってのもわかる。少しは理解できる、気がする」
でもさあ、と遠野は頭を掻く。
「北見の心がずっと見ていたのは誰だよ。おまえの心の一番、奥深くに棲んでいたのは誰なんだよ」
「それ、は……」
遠野は正しい。間違いなく、正しいんだ。
でも、違う。
遠野の知らないところに答えはある。そんな物語がなければ、きっと話は簡単だった。
俺は何も思い出さないままで。過去を捨てたつもりで。今だけを見て。
たったひとりの彼女を見ているだけで良かったはずなんだ。
それが俺の描いていたメインルート。
だけど、俺は迷って。迷って。迷って。でも、迷うのをやめて。
その先で、言葉を探していた。
「時間はねえぞ」
「あ?」
「あのウワサ。かなり広まってるからな」
「そうだな……」
噂はふたつある。
ひとつは、小暮夢乃が駅前で起こした騒動。
それについては小暮がまったく物怖じせずに日常を送ることで少しずつ収まりを見せようとしている。ただ、今回ばかりはその噂が真実であることがほぼ確定しているため、小暮の学内での評判はめっきり下がっていると言っていい。
そしてもうひとつは……俺が流してくれと頼んだ、瀬川瑞菜についての噂。
「北見さ、あんまぐちぐち考えてんなよ。純愛厨の悪い癖だ。そんなやつが主人公の物語ほど、読んでてつまらないものはねえ。イラつくものはねえ。真面目に考えて、向き合ってんのはわかるけどな。女々しいんだよ」
「わかってる。わかってるっつの」
わずかな苛立ち。
悩んでいるんじゃない。そんな時間はとうに終えた。
俺は浅ましくも、愚かしくも、待っているんだ。
ああ、なんて身勝手なんだろう。こんなことまでして、彼女の言葉を引き出して。彼女の想いを確かめて。もし、こんな自分を彼女が捨てるのならそれもいいと思っている俺がいるんだ。
でも、待つ。彼女に対して、俺から言葉を発することはできないから。
それを賢い彼女はきっと分かっている。お互いに分かっていて、俺たちは今を過ごしている。
だから彼女はその日に、行動を起こすはずなんだ。
気づけば、アトラクションは最後の急流へと向かっていた。
ゆっくり、ゆっくりとボートは頂上へ向かって登っていく。
「夏休みが始まったら。その日には全部終わる」
「へえ。始まる前に、じゃねえのかよ。随分自信があるこって。いや、おまえまさか……」
「違うって。自信がないからだ。だからさ、こんなズルい手段にでるんだよ」
「……カッコ悪いな、おまえ」
「今更カッコつけたって仕方ないだろ」
格好良さなんて。そんなものを持っているのなら、きっとこの物語は始まった瞬間に終わっている。
「で、結局どっちだ?」
「それ聞くのかよ。でも、そうだな。それは――――」
瞬間、ボートは急降下を始めた。
キャーっと悲鳴が耳をつんざく。
彼女たちはどうしていただろう。今までのようにいがみ合っていただろうか。それとも楽し気に話してただろうか。一言も会話をしなかっただろうか。
わずか数秒。ボートは滝つぼへ落ちていった。
「っひゃ~! 相変わらず水しぶきやっば!」
「だな。でも夏には丁度いいわ」
髪も服もびちょぬれだが、とても気持ちが良かった。
「てかおい北見。さっき、結局何も言わなかったろ。誤魔化すなよてめえ」
「バカか。初めから言うつもりねえっての」
なにが悲しくて最初に友人へ向けて想いを明かすというのか。
「ケッ。すましやがって」
「そのうち言うって。ありがとな、心配してくれて」
「はあ!? 心配とかするわけねえだろ! ウジウジ系主人公のくせに何爽やかイケメンみたいなこと言っちゃてんの!? 何水浸しでスマイルかましてくれちゃってんの!?」
「やっぱうぜえなおまえ……」
「はぁ~ったく勘違い野郎は面倒くせえなあ。北見、オレはさあ……ハッピーエンドが好きなんだよ」
「なんだよ、またエロゲの話か?」
「悪かったな。キモオタエロゲーマーで」
「そんなこと言ってねえって。俺もエロゲやるし」
俺たちにとっては、何でもエロゲにすり替えてしまった方が分かりやすいまであるだろう。
持論、のようなものを話すのが気恥ずかしいのか遠野はそっぽを向きながら話す。
「……ハッピーエンドってさ、確かにハッピーだ。幸せだ。オレだって、そんな終わりが嬉しい。辛い目に合った主人公とヒロインが最後に笑ってくれればそれだけで感動する。尊いって思う。でもさ、たまに思うんだ。本当のハッピーエンドはどこにあるんだろう、って」
「いや、そこにあるだろ。その笑顔をハッピーエンドって言うんじゃねえのかよ」
「ああ、そうだ。そうだよ。でもハッピーエンドっつっても、登場したキャラクターみんなが笑って終われるなんて、そんなことはねえし。みんなが幸せになれるわけもねえ。そんな完璧なハッピーエンドはどこにも存在しない。誰かが笑う物語の裏側には絶対に泣いている誰かがいる。時には死んでしまったり、人知れず消えていく誰かだっている。ハッピーエンドの裏側には無数のバッドエンドがべっとりと張り付いている。誰かの犠牲があって、それが積み重なって、ようやく解釈のひとつとしてハッピーエンドは生まれるんだと思う」
誰も死ななくて。誰も悪者じゃなくて。誰も泣かなくて。最後にみんなで笑って、踊って、歌って終われる。そんな夢の物語。
そんなものはどこにも存在しない。それはもう、俺だってよく知っていた。
そんなものはないから、人はひとつの着地点を探すんだ。誰かと誰かがこれからも歩いて行ける、ハッピーエンドの着地点を。
「ハッピーエンドがどこにあるかなんてオレにはわからない。どこにもないのかもしれない。でも、誰かが最後に笑える物語が綺麗なんだ。そういう物語がオレは好きだ。中途半端が、一番クソだ。そういう後味の悪い物語を、人は駄作っつーんだぜ」
丁度、ボートがゴールにたどり着きアトラクションが終わりを迎える。
遠野はさっさと降りると、俺に背を向けた。
「――――まあでも、今がすべてじゃない。綺麗な場所が終わりじゃない。それが現実の難しいところだけどな」
遠野の呟きは水しぶきにかき消されて、俺の耳には届かない。
「なんか言ったか?」
「べつに? 現実はクソゲーってこった! 現実なんてクソ喰らえ! 二次元サイコー! どうせおまえもすぐに絶望して、オレたちのところに戻ってくんだよバーカ! まあ? そんときになって仲間に入れてくれって言ってももう二度と入れてやんないけどな! ってことでやっぱ末永く爆発して二度と帰ってくんな! じゃあな! ひとりディゾニーという最高の夢がオレを待っている!」
わけのわからないことばかりを言い残し、遠野は去っていった。
「ったく、無関係なやつは何でも言えるよなあ」
よく分からないと言いながら、よくもあれだけほざいてくれたものだ。
だけど少しだけ、考えがまとまった気がする。
ほんの少しの感謝を。キモチ悪いハッピーエンド厨の友人へ。
彼女たちと合流して、俺は再び夢の世界に身を任せた。
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