第46話 そんなの、ぜったいに間違ってる。
「あーもう! むーりー!」
瑞菜は駄々をこねるように足をバタバタさせながらシャーペンを投げ捨て横たわる。
期末テストも迫ってきている休日、俺と瑞菜は二人でテスト勉強に勤しんでいた。
「いやおまえなぁ、テスト近いんだぞ?」
「ってゆっても、まだ一週間あるじゃーん。もーむーりー。頑張れないー」
「おまえの成績なら一週間じゃ足らんだろ」
「そんなことないー。そりゃ良くはないけど、でも悪くもないもん」
「そう言っていつも一夜漬けなんだろ? もう二年なんだし少しは受験を見据えて勉強しろ」
「うぅ……きらーい。正論きらーい」
いじけたように、瑞菜はもう一度机に向かおうとしない。完全に集中力が切れてしまったらしい。
特に、今やっていたのは瑞菜が苦手としている数学だ。それもあって、勉強が嫌になってしまったのだろう。嫌いな教科の勉強ほど憂鬱なことはない。
「じゃあ現文にするか? それなら得意だろ?」
「いーやー。わたしあれ好きじゃないし」
「テスト範囲なんだから仕方ねえだろ」
瑞菜が好きじゃないというのは、今回の現文のテスト範囲であるかの文豪・夏目漱石の著書「こころ」のことだ。
「……同じ人を好きになったら、ダメなのかな」
天井を見つめる瑞菜が静かに呟く。
「こころ」において、主人公から先生と呼ばれる人物と、その親友であるKは同じ女性に恋をする。そして……
「……そうなったら、死ななきゃなのかな。結局、どっちも幸せにはなれないのかな」
「それは……」
とっさに、良い答えが浮かばなかった。いや、俺の中には答えなんてなかったのかもしれない。
「そんなことない。そんなことないはずだよ。そんなの、ぜったいに間違ってる。誰かを犠牲にしてまで勝ち取った恋なら、そのために誰かを裏切ったのなら。その人の分まで幸せにならなきゃウソだよ。裏切られた方だって、きっといつか前を向ける。幸せにだってなれる。じゃないと、悲しすぎるよ。そんな人生、イヤだよ……」
恋に勝ち負けはつきものだ。今この瞬間だってきっと誰かが勝って、誰かが負けて。涙を流している。それによって、友情が壊れてしまうことだってままあるのだろう。
でも、そのたった一度の敗北や裏切りが人生を決めていいわけはない。
その先には幸せだって転がっているはずなんだ。俺自身が証明できなくとも、それはそこらの大人が知っていることなのだろう。
「そう……思うのに。先生の気持ちも、Kの気持ちも、分かっちゃう気がするの。それですっごく苦しくなって。たまらなくて。泣きたくなるの」
これは、俺に向けられた言葉なのだろうか。
違うような気がした。それは自分への問いかけ。あるいは、ここにはいない誰かへの……。
俺はひとつ、息を吐いて立ち上がる。
「よし。息抜きにどっか行くか」
「ほんとっ!?」
待ってましたと言わんばかりに瑞菜が身体を起こす。
「切り替え速すぎな」
「だってお出かけしたいし!」
女子ってみんな切り替え早くない?
いつだってグチグチとひとつのことを引きずるのは男の方。そんな話をどこかで聞いた。それならきっと、彼らではなく彼女らなら。この先に違う結末を用意できるのかもしれない。
「どっか行きたいとこでもあんのか?」
「ディゾニー!」
「は? いや、今から行くのか? ……マジで?」
「うん! 年パスあるし!」
「俺はないけどな?」
「へーきへーき細かいことは気にしない! はやく準備しよー」
着替えるべく寝室へ向かう瑞菜。
ディゾニーランド。幸いにもそう遠くない場所にある、国内最大級の遊園地。楽しい楽しい、夢の国。
「そういや、最近行ってないな」
俺も妹も小さかった頃は、家族で何度も行った記憶がある。瑞菜も一緒に……ということもあったはずだ。
息抜きをするなら、いっそパーッと遊んでしまった方がいい。どうせ家にいたって勉強のことを忘れられず、無為な時間を過ごすのだから。その点、魔法をかけてくれる夢の国はうってつけだ。その分そこからの切り替えも大事にはなるだろうが。
柄にもなく楽しみになってきている自分がいて、頬がゆるむのを感じる。
その気持ちを否定する必要はなかった。
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