第47話 そうだよ。
「ぷっ。あはは! かわいい~。めっちゃ似合ってる! ウケる~」
「おい。笑うか褒めるか貶すかどれかにしろ」
「褒めてる褒めてる~」
ディゾニーランドにやってきた俺たちは瑞菜の希望でショップを訪れていた。
ネズミのキャラクターの帽子を被った俺を見て、瑞菜は何がおかしいのか大笑いする。お出かけコーデの瑞菜はデニムショートパンツにオーバーサイズのシャツといった夏らしい格好だ。
「ったく……」
帽子を外して、棚に戻す。
「あれ、買わないの? せっかくかわいいのに。ぷふっ」
「そんだけ笑われて買おうとするやつがいるか。てか、なんかモフモフしてて暑いし。夏にはただの苦行だろこれ」
「ええ~いいじゃん~。わたしはこれ買うからっ、ね?」
瑞菜は犬のキャラクターの帽子を手に取って被る。
「どう? いい感じ?」
「ああ? まあ、いいんじゃねえの? 犬っぽくて。なに? 首輪もつける?」
「付けないし! てかそれ、ぜったいゆうも恥ずかしい奴だからね!」
「たしかに」
テーマパークで首輪つけた女を連れ歩くとかどんな罰ゲームだ。
ぷんぷんと怒った様子だった瑞菜だったが、結局その帽子を買ったのだった。もちろん俺が棚に戻したものも一緒に、だ。
「で、次はどうする? どっかで休むか?」
ショップを出た俺は隣の瑞菜に声をかける。
「休まないし! 来たばっかなんだけど!」
「いやだって暑いし。人多すぎだし。休日昼間の夢の国やべえわ……」
「まずはブーさんね!」
「あーあれか。おまえ昔から好きだよな」
「うん。てゆーか、好きになったのゆうと乗ってからだけどね」
「そだっけか」
昔を少し思い返しながら。あれ、めっちゃ並ぶんだよなぁとかも思いながら。ゆるゆると人の波を歩く。
休日のディゾニーは本当に人が多い。歩くのも一苦労だ。
「あっ……」
はぐれないようにと、自然に近くなっていたお互いの手が一瞬触れあう。
瑞菜はそれに気づくと、パッと手を引っ込めた。
それから、何か言いたげにこちらをちらちらと見る。それはともすれば、怯えているような、俺との距離を測りかねているような、そんなふうに見えた。
「ん」
俺は手のひらを瑞菜の方へと差し出す。
「……いいの?」
「混んでるからな。おまえ、すぐどっか行きそうだし」
瑞菜はそっと手をこちらへと伸ばす。
しかし、その手は途中で止まってしまう。何もない宙を、左手が彷徨う。俺はその手を無理やり取った。
「しっかり握ってろ。手汗やべえから、滑らないようにな」
「手汗が出てること前提なんだ……」
「そりゃこの暑さだからな。手汗くらいたとえイケメンでも絶世の美女であろうと出る」
決して、幼馴染と手を繋ぐことに緊張などしているわけではない。
「……えへへ」
しばらくそのまま歩くと、瑞菜は少し安心したように笑みを浮かべた。
「昔も、手つないで歩いたね」
「おまえがフラフラしてたからな。仕方なく、見張るために握ってたんだろ」
「そうだっけ」
「ああ、そうだよ」
俺が決めつけるように言うと、瑞菜はうーんと考えるように青い空を見つめた。
それからまたにへらっと笑ってこちらに視線を向ける。
「でも、嬉しかったんだと思うよ。昔も……それに、今も」
「……そうかよ」
「そうだよ」
もう一度視線を外した瑞菜の見つめる先に何があるのか。俺には見えなかった。
俺は控えめに握られたその手を、少しだけ、彼女に気づかれない程度に強く握りなおす。
ジリジリと、夏の太陽が遥か高みから俺たちを見降ろしていた。
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