第37話 夢乃先輩、ですよ?

 バイトが始まると、小暮の時に引き続き俺が瑞菜の新人指導にあたることになった。それと同時に、小暮の仕事ぶりも確認することに。


 レジの方は何故か進んで店長が引き受けていた。ヤケに良い笑顔をしていたのが気になる。女子高校生眺めるのそんなに楽しいですか? まぁ、直接的に何かするわけではなくROMっているだけのようなのでそれくらいは許すとしよう。


「お、重い……」


 呻くように言葉を吐き出すと、瑞菜はその場に段ボールを置いた。


「おいおい……それかなり軽い方だぞ……?」


「うそぉ……」


 日用雑貨の入った段ボールを恨めしそうに眺めながらぷるぷると震えている瑞菜。いつかを思い出すが、もうそれは関係ない。ただ単にこの幼馴染、筋力がないらしい。


「あれ? 瀬川さん、そんなのも持てないんですか~? あ、もしかしてか弱いアピールとか?」


「ち、違うし! これホントに重いんだもん!」


「え~? でも私はこれ、瀬川さんのより大きいですけど。ほら」


 ひょいと瑞菜のものより一回り大きい段ボールを持ち上げる小暮。


 小暮が女子にしては筋力があるのか。それとも瑞菜のそれがなさすぎるのか。俺には定かではない。


「うぅ……」


「ふふん」


 小暮は得意そうに笑みを浮かべた。


「っ……て、てゆーか、さっきから何なの!? ちょっとウザいんだけど! えっと……ゆめの――――」


「――――夢乃先輩、ですよ?」


 呼び捨てようとした瑞菜に、小暮はすかさず「(威圧)」と付いていそうな勢いで告げる。


「なんであんたに先輩って言わなきゃいけないのよ! 始めた時期たいして変わらないくせに!」


「でも先輩であることに変わりありませんから。仕事場では上下関係をはっきりさせておかないと。ね? 先輩?」


「え? お、おう……?」


 すすーっと擦り寄ってくる小暮に、俺は条件反射で頷くことしか出来ない。


「なんでゆうも頷くの! バカ!」


「えぇ……」


 もう何? 何なのこの状況。


 瑞菜が言うように、小暮はさっきからずっとこの調子だ。瑞菜に対してだけ、当たりが強いというか、煽るようなことを口にする。


 いやあ俺をハブにしてる間に随分仲良くなったんだなぁ。微笑ましい限り。……そう思いたい。


 天使でお淑やかで優等生な小暮夢乃はいずこへ。小暮流に言うなら、キャラ崩れていませんか? 


 しかも気が付けば俺は名前で呼ばれている。


 本当に、小暮に何が起こっているというのか。


 俺の予想に反して、アクセル全開な様子なのは瑞菜ではなく小暮だった。


「ま、まあとにかく。仕事中に騒ぐな。そういうのは休憩中にでもしなさい」


「うぅ……だってぇ……」


 縮こまる瑞菜に対して、小暮はスッと表情を入れ替えてこちらへ柔らかい笑みを向ける。


「では、続きは後ほど。祐樹先輩、私はこれを先に補充してきちゃいますね♪ 瀬川さんに合わせていたらいつになるか分かりませんから」


「怪力女……」


「な・に・か・言いましたか?」


「な、なんでもないもん……」


 文句ありげであるものの押し黙るようにして瑞菜は俯く。


 それから小暮はもう一度俺に対してニコッと笑みを浮かべると、俺たちの元を後にした。


 その後ろ姿は、果たして俺の知る小暮夢乃なのか、そうでないのか。


 そもそも、何が本当の小暮夢乃なのか。休憩室での言葉は、何だったのか。


「なあ、実はおまえが小暮に弱み握られてんの?」


「……違うもん。でもあの子の笑顔、ちょっと怖い」


 それだけ言って、瑞菜はぷいっと顔を逸らした。

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