第38話 あーん♪
賑わう店内。客層は家族連れ、学生、仕事終わりのサラリーマンなど様々だろうか。俺もまたバイト終わりの学生としてこの場所、ファミリーレストランにいた。
「
隣に座る小暮がメニュー俺に寄せてくれる。
「俺はミラノ風ドリアかな」
「美味しいですよねそれ。私もそれにしようかな~。あ、でも食べ比べできた方がいいですよねやっぱり」
普段よりもテンションが高めらしい小暮は楽しそうに話をしてくれる。その度に黒い髪が揺れるものだから、何やら良い香りもする。
俺はキモチ、バレない程度に身体を横へズらした。
「祐樹くんのおすすめとかってあったりしますか?」
「おすすめ? そうだなぁ……、この明太子クリームのパスタとか」
「いいですねっ。美味しそうです、それにしましょう!」
女子に勧めるものなんて全く分からない俺は適当にメニューを指さしたのだが、小暮は嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに手を叩いた。
俺と話しているときの小暮は普段とあまり変わりがない。いや、先ほどから感じているように、すべてにおいて距離が近い気はするが。
ファミレスにやってきたのも、小暮の誘いがあってのことだ。
――――この後、一緒に食事でもどうですか?
バイト終わりに、小暮はそう口にした。
ふつうならバイト仲間との食事くらい快く、それも小暮のような女の子の誘いであれば即決で受け入れるのだろうが、生憎俺には面倒くさい同居者がいる。
――――え~? 瀬川さんも来るんですか~?
――――あ、当たり前でしょっ。新人をハブにしちゃいけないんだよっ!
――――まぁ、それもそうですね。それでは新人歓迎会もかねてということで。
そうして、急遽この会は開かれることになった。
店長は当然の如くいない。誘われているのを見た覚えすらない。女子高生の闇を見た気がした。
ちらと、目の前の席に視線を投げる。
「……近い」
そこには不満気にこちらを眺める瑞菜の姿が。
「瀬川さんは何にしますか?」
「……マルゲリータとカルボナーラ。あとシーザーサラダと辛みチキン」
「食いすぎだろ……」
「文句ある?」
思わず口を挟むと、瑞菜がこちらを睨む。
「いいでしょみんなで食べれば」
「あ、はい……」
あー怖い。帰ってからが、さらに怖い。
それから小暮が率先して注文を済ませると瑞菜がまた呟く。
「ていうか、何であんたがゆうの隣なのよ」
「私はただ、詰めて座っただけですよ? 3人なんですから、こうなるのは必然です」
「そうだけど……うぅ……」
いや、俺を睨むのやめて? 悪かったって。何も考えず最初に座った俺がわるうござんした。俺が空気読むべきでしたよ。家族意外とファミレス来た経験なんてほとんどないんだから仕方ないじゃない。
「はい祐樹くん、あーん♪」
小暮が丁寧にパスタをフォークで巻いて、俺の口元へと差し出す。
「い、いやべつに自分で食べるけど……」
「え~ダメですよ~。これくらいお友達なら普通ですからっ。恥ずかしがらずにっ。どうぞ――――」
じりじりとパスタが近づけられていく。その小暮の笑顔には何か得体のしれない迫力を感じて、もうこれは食べてしまうしかないと諦めかけた。
その矢先、ひとつの影が俺と小暮の間に身を乗り出す。
「――――あむっ」
「あっ、ちょっと! なんで瀬川さんが食べるんですか!」
「ごちそうさま。このパスタ美味しいね。あっ、わたしのピザも食べる?」
瑞菜は横取りしたパスタを飲み込むと得意そうに微笑んだ。
それから、自分のマルゲリータピザを手に取る。
「はい、あーん」
「いりませんっ」
「そんなこと言わずに~。お友達の夢乃先輩にはこれくらいして当たり前だもん。ね?」
「なっ、ちょ、待って……そんなに押し込まないでぇ……」
「サラダもチキンもあるからね?」
瑞菜は少し邪悪な笑みを浮かべながら小暮の口へ次々と料理を押し込んだ。その度に、口の中がいっぱいの小暮は苦しそうに涙目で呻く。
女子同士の食べさせ合いってもっとキャッキャウフフな感じで。もっと尊いものではなかったのだろうか。
儚い夢がまたひとつ、壊された気がする。
これ以上巻き込まれたくない俺はもくもくと自分のドリアを食したのだった。
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