第35話 いいよ!
「店長、マジでいいんすか? あんなやつ雇って」
「いいよ!」
ドラックストアの事務室にて、力強い肯定の言葉が響く。
PCをいじくっていた店長(中年男性既婚者)は良い顔をしてこちらへ振り向くと、グッとサムズアップした。
「いやいいよって……、あいつの髪、薄ピンクっすよ? ネイルだってしてるし……ドラックストアで働くのは無理があるんじゃ……」
規約とかに色々書いてあった記憶があるのだが……。
「いいよ!」
「なんでそんな食い気味なんすか」
「いいよ!」
もうダメだこの店長……。イエスマンでしかないのだろうか。
俺は呆れを通り越してひとつため息を吐いた。
「……こういうのって後々怒られるの店長なんじゃないんすか? バレたりしたら」
「いいよ!」
「いい加減にしろよおい」
さすがにイラっときた。
「ヒぇッ……は、ははは怖いなぁ北見君。まぁ大丈夫さ。必要なのは何よりやる気だからね。瀬川君はばっちり、ここで働いてもらうよ。君は心配しなくていい」
「そっすか……」
働かせないと言ってもらえた方が、俺としては気が楽だったのだが……。
「いやあ美少女が一気にふたりもバイトに入ってくれて嬉しいよ。目の保養だねぇ……」
店長は目を細める。
「おい既婚者。それが本音か」
「は、ははは何のことかな? 僕は妻一筋の男だよ?」
「二人とも一応、俺の同級生なんで。手とか出したら店長といえどコロしますよ?」
「コ、コロすって……北見君は冗談が上手いなぁ。はっはっは」
「いやマジですけど」
もう一度凄んでみると、店長はあからさまに動揺して身を仰け反らせた。そして今度は泣きつくくらいの勢いで言い訳を連ねていく。
「ヒぃッ!? いい子だと思ってた北見君が不良にぃ!? ゆ、許しておくれよぉ……最近妻と上手くいってないんだよぉ……毎日ご飯も用意してくれなくて……帰ったらもう寝ちゃってるし……もう寂しくて寂しくてぇぇぇ……」
倦怠期というやつだろうか。
こうはなりくないものだなと思うと同時に、普段の店長の働きぶりも知っている俺は何も言えなくなってしまうのだった。
まあ、ふたりに何かしたらコロすが。
「あ、ゆう。エプロンこれでいい?」
休憩室に戻ると、瑞菜がエプロンの紐を結びながら見せてくる。
「いんじゃないか。その見た目に対して緑のエプロンがクソほど似合ってないけど」
「そ、そんなことないもん!」
突っかかってくる瑞菜を無視して、俺は適当な椅子に腰かける。
先日、ここでバイトをしたいと言い出した時は突然何を言い出すんだと思ったものだが、案外やる気は本当にあるらしい。それは店長も認めるところだろう。採用理由が美少女だから、だけではないと信じたい。
俺にばかり働かせるわけにはいかないから自分も働く、というのが瑞菜の弁だ。そんなこと言いながらもまだ浮気なるものを疑っていそうなものだが。
小暮が働き始めたのは偶然の重なり。俺にやましいことは何もない。
そう思いながらも心臓は落ち着かない様子で胸を叩いていた。自然と、今日のシフト表に綴られたその名前を反芻してしまう。
「ねね、さっき何話してたの? 店長さんのすごい情けない声聞こえたけど」
「おまえを今からでもいいから不採用にしろって脅してた」
「ほんとに何やってるの!? てかそんなにわたしに働いてほしくないんだ!?」
「いやおまえが働くとか、ふつうに考えて無理だろ。楽になるどころか仕事が増えそうでマジで憂鬱だわ」
「そんなに……? うぅ……」
少しいじけた様にうじうじと指をちょんちょんと突き合わせる瑞菜。
言い過ぎたらしい。
「はぁ……ま、こうなった以上本気でシゴいてやるから覚悟しとけ」
俺は瑞菜のおでこを少しの憂さ晴らしとともに軽く小突いた。
そして気を見計らったかのように、彼女はやってくる。
「おはようございます、北見先輩♪」
淑やかに休憩室へ足を踏み入れた彼女はいつものように柔らかく微笑んだ。
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