第23話 はいダメ~。
図書室を訪れた日の夜。
もぐもぐと、俺の咀嚼音だけが部屋には響いていた。テーブルの向かいには、少しハラハラとした様子で俺を見つめる瑞菜がいる。
いや、ハラハラしているのは俺の方なのだが。間違いなく。
「ど、どうですか……っ!?」
瑞菜がそっと期待を込めるように問いかける。
そんな瑞菜に、俺はフッと笑みを浮かべて言い放つ。
幼馴染に容赦はなく、徹底的に。
「まずい。0点。いや、それ以下。採点不能。幼児が作ってももうちょいどうにかなるわボケ」
「がーんっ!」
「そもそもこのギトギトに油ぎった黒い岩石はなんだ」
「からあげ!」
「マジかよ……」
あまりの驚きに唖然としてしまう俺。
からあげ……育ち盛りの男なら誰もが愛するであろう最強の定番おかずがこんな惨い姿に……。
「……てかおまえ、なんでいつもそんな自信ありげなの?」
特にメニューを聞くと、毎回溌溂と答えてくれる。それはもう元気に。
「サイコなの? いや、もしかして自分の作ったもの見えてない? 眼科行く?」
「み、見えてるし! で、でも自身あるフリしてれば美味しくなったりしないかなぁって……」
「いやなるわけねえだろ」
「うぅ……」
一通り本日の夕食の評価を終えると、俺はもう一度箸をとって料理を口に運ぶ。毒見役をやると言ったのは俺自身だ。これくらいのことでめげるわけにはいかない。いつか上手くなると信じて、俺はからあげもどきを咀嚼し、べちゃべちゃのご飯をかき込む。
「うん、まずい。この上なくまずい」
こんなことなら俺が料理を習得した方が100万倍良かった。いや、それは瑞菜自身が許してくれないのだったか。
「そんなに言わなくても……」
「まずいもんはまずい」
「ちょっとくらいお世辞言ってもいいんだよ?」
「おまえ、お世辞を言う俺が想像できるか?」
「……できません。ごめんなさい」
しゅんと頭を下げる瑞菜。いや、結論でるの早くない?
「ふん。まあ、食うから。それで我慢しろ」
「……うん。いつか美味しいって言ってね?」
「美味かったらな。そんときはいくらでも言うって」
「うん、がんばるっ」
瑞菜は頷いて、ぐっと両手を握った。
夕食後、俺と瑞菜はふたりで食器を洗っていた。
料理の用意は瑞菜に一任しているため片付けくらいは俺の役目だろうと思ったのだが、瑞菜が一緒にやると言って聞かなかったのだ。
そのため、キッチンに二人並んで食器洗いをするというのはすでに慣れた光景となってしまっている。
「なあ、まずはもうちょい簡単なのを作ってみたらどうだ?」
瑞菜から洗った皿を受け取りながら、俺は何気なく提案してみる。
揚げ物の難易度がどんなものかなんて分からないが、意外と油の温度調節とかが大変なのではないかと思う。初心者にとっては油ぎってしまったり焦げてしまったり、課題が多そうだ。
「簡単なのって?」
「そうだなあ、カレーとか。あれなら野菜切って肉と炒めて煮て市販のルー入れれば完成だぞ。俺でも余裕で作れる」
「え~、カレーならちゃんとルーから作りたい! なんかスパイスとか色々……調合? して!」
「アホ。初心者以下のくせにそんなこと言ってるから上達せんのだ。料理ベタの典型だろ」
「そうかなぁ……。あ、じゃあ隠し味は? 隠し味にこだわるの! なんか料理上手っぽい!」
「だから料理ベタだっつーんだよなあ……。何より発想がアホ」
「お、美味しくなるかもしれないじゃん!」
アホアホ言われて気に障ったのか、ムキになって瑞菜は叫ぶ。俺はそんな瑞菜を試すように問いかけた。
「ほう? なら瑞菜シェフは何を入れるおつもりで?」
「え? うーん……」
何も考えていなかったらしい瑞菜は手を止めて首をひねり始める。それから何を思いついたのか、パッと顔を輝かせた。
「思いついた! タピオ――――」
「はいダメ~。この話終わり~。さっさと皿洗い終わらせようね~。そして今度、何も無駄な手を加えずにふつーの市販ルーでカレー作ってみようか~」
「なんで!? まだ最後まで言ってないのに!?」
聞くまでもないんだよなあ。
まったく女子高生、いやギャルの頭はどうなっているんだろうか。
「うぅ……いいと思ったんだけどなぁ。タピオカカレー……」
皿を洗いながら呟く瑞菜の声を、俺はやっぱり聞かなかったことにしたのだった。
ちなみにこれは後で調べてみて分かったことだが、カレー専用のタピオカなるものが存在するらしい。恐ろしい世の中――いや、なんでもある世の中だ。
俺たちごときが考え付くことなんてのは大体において、どこかの誰かが試した後なのだろう。
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