第11話 ちょっとは手加減してよぉ……。

「ああっ!? 今わたしに緑甲羅当てたでしょ!?」


「知らん。たまたまだろ」


 と言いつつも、当然俺の仕業なわけなのだが。

 俺の操作するキャラクターが転倒した瑞菜のキャラクターを追い越していく。


「また俺が一位だな」


「むぅ……~~~~~っ!」


 俺がにぃっと笑ってやると、瑞菜はお手本のように頬を膨らませた。藍色の瞳には涙が溜まっているようにも見える。


 それから俺へ物申すように、座っているソファーをバンバンと叩いた。


「もう一回! 今度こそ勝つから!」


「へいへい。いつ終わるんだろうなぁ」


 瑞菜は真剣な様子でコントローラーをぎゅっと握り、テレビ画面を食い入るように見つめる。


 俺はそんな瑞菜の姿を横目に捉えつつ、コントローラーを構えた。



 時は荷物の整理が終わってからしばらく経ち、すでに夕方になろうかと言う頃だ。カーテンの隙間からは、夕日が差し込んでいる。


 そんな中、俺と瑞菜は荷物に紛れていたヨンロクという古いテレビゲームで遊んでいた。


 プレイしているソフトは配管工のオジサンさんやその他奇妙なイキモノたちがカートに乗って順位を争うレーシングゲーム。今でも新作が出ている人気タイトルである。


 昔、瑞菜と何度も遊んでいたゲームだ。


 懐かしがる瑞菜にせがまれて始めたわけなのだが、少々レトロ感はあるものの今でも十分に楽しめるクオリティに俺もけっこう楽しんでしまっていた。


 それになにより……。


「やった! 甲羅当たった! お先~」


「あっ、くっそやられたぁ」


「にへへ~。わたしだっていつまでもやられてばかりじゃないんだから!」


「……まあ、青甲羅いってるけどな」


「えっ? ああ~~~~~!?」


 一位に躍り出た瑞菜のキャラクターを甲羅が襲い、俺はその後を追い抜いてく。


 そして結局、俺が一位でゴールイン。


 瑞菜の甲羅に当たったのも、もちろんわざとだ。


「うう……また負けたぁ……~~~~」  


「俺に勝とうなんて100年早いんだよ」


 またしてもしょんぼりと涙目で頬を膨らませる瑞菜。藍色の瞳が横目に俺をキッと睨む。


 ああ、いいなあそのぐぬぬ顔。素晴らしい。ゾクゾクする。快感。



 ――これだから、瑞菜をイジメるのは楽しいなあ……っ!!



 ……おっと、いけないいけない。よだれが垂れそうになってしまった。


 俺としたことが、瑞菜をイジメることに夢中になりすぎていたらしい。なぜこんなにも、瑞菜は俺の嗜虐心を刺激するのだろうか。遊びの範疇でなら、瑞菜をイジメることほど楽しいことはない。


 しかしこれ以上やると本格的に機嫌を損ねかねないため、適当なところで負けてやるとしよう。


 ふと、とある光景が脳裏によみがえる。


 それはたぶん昔、何度も繰り返された光景。

 

 ――勝ったぁ! やったよゆうくん! わたしすごい!? すごいよね!?


 ――はいはい。頑張った頑張った。瑞菜はすごいなあ。


 ――えへへ~。これでわたしの方が強いってことだよね? ね?


 ――あーうん。そうだな。……もう勝たせないけど。


 一度勝てただけで大喜びする幼少時の瑞菜と、負けてやったはいいけれど調子に乗る瑞菜に今度は少しだけ勝ち気を覗かせる幼少時の俺。

 

 子どもの頃の自分たちがなんだか微笑ましくて、俺までノスタルジーを感じてしまいそうだ。おかげで少しだけ優しくなれる気がする。


「もぉ……ちょっとは手加減してよぉ……」


 瑞菜はすがるように、甘えるように、こちらを視線を寄こす。


 そんな瑞菜を見て、少しだけ笑みが零れてしまった。

 

 ああ、やっぱり。ダメだなあ。涙目でそういうことを言われると、もっとイジメたくなる。


 ごめんな瑞菜。俺、再会してみて分かったけど、おまえに対してだけはSみたいだ。


「けっ。気が向いたらな」


 それだけ言うと俺はふっと瑞菜から視線を外して、次のレースを開始させた。



 涙とは、嬉しいときにも出るものらしい。それはきっと流してもいい涙なのだと思う。と言っても、そんなものの流し方は知らないが。


 でももう、瑞菜に今朝のような悲しい涙を流させたくはなかった。行き場のない涙を、悲しみを抱えてほしくもない。ため込んでほしくもない。


 それならどうするか。こんなところに丁度いいゲームがあるじゃないか。


 ゲームで俺への悔しさを、鬱憤を募らせればいいだろう。もっともっと辛くてどうしようもない悲しみとか、そんなものは上塗りしてやろう。ヘイトは俺に向けばいい。そして最後には一回くらい、気が向けば勝たせてやろう。それで少しでも感情を発散できればいいのではないだろうか。


 と、そんなわざとらしい言い訳を考えつつ、俺は瑞菜の悔しがる姿を眺めてほくそ笑むのだった。

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