第10話 もしかしてエッチなやつ~?
「こんなもんかな、とりあえず」
送られてきた荷物の大体の整理を終えて、俺は寝室を見渡した。ベッドは当然一つしかないが、それ以外のスペースは半分に分けられている。まあ、俺はなるべくここでの生活は控えようと思うのだが。
寝る場所についても……いや、これは夜になってから考えるとしよう。
「あれ? ゆうゆう、この隅っこのは開けなくていいの?」
「あー、それは……」
「なになに~? もしかしてエッチなやつ~? 隠さなくてもいいのに~」
瑞菜はにやにやと笑みを浮かべると、部屋の隅に置いた段ボールの傍にしゃがみ込みそのうちのひとつを開ける。
「おい勝手に開けんなっつの」
「いいからいいから――――ってこれ……アルバム?」
瑞菜は段ボールの中から、ひとつのアルバムを取り出す。
どうやら瑞菜が開けたのは昔の私物や、思い出の品が入っていた段ボールらしい。エロゲが入っているものではなくて一安心、ではあるのだがこれはこれで恥ずかしかった。
「母さんめ……なんでアルバムなんか……」
「これ小学校の時のだよっ。わあ~この頃のゆう可愛い~♪」
ぺらぺらとアルバムをめくりながら楽しそうに笑う瑞菜。俺の写真なんか見て何が楽しいというのか、理解不能だ。
「あ、わたしもいる! だっさい髪~、それに眼鏡だし。ウケる」
「あんま見んなって」
「え~いいじゃんちょっとくらい。一緒に見ながら思い出話でもしなさいっていうおばさんの粋な計らいだよ?」
「うっせえ。そんな計らいはいらん。これは即刻焼却処分で」
俺は床に広げられたアルバムをひょいと取り上げる。
我が母ながらいらなすぎる心遣いだ。この同棲を勝手に承諾していた件も含め、後日じっくりとお話する必要がありそうである。
「むぅ~、いいもん。他の探すから」
そう言って、瑞菜は再び段ボールの中をかさごそと探り始める。
どうやらその段ボールに見られて困るようなものはなさそうだったので、しばらく放っておくことにした。
「ねえ、ゆう」
瑞菜はこちらに背を向けて尻をこっちへ向けたまま、がさごそと段ボールを漁りながら語りかける。
「あ?」
「……みんなとは連絡とってないの?」
「とってないな。てか、たいして覚えてねえし」
「そっか。まあ、わたしも全然だけどね~」
素っ気なく答えた俺に対して、瑞菜もまた何でもないことのように答える。
「そうなのか?」
「うん。まあ、なんてゆーか、みんなゆうがいるから集まってたんだもん。だからゆうがいなくなったらもう、わたしの傍にいてくれる人なんていなかったよ」
瑞菜の言う「みんな」とは、俺が引っ越す前に一緒に遊ぶことが多かった連中のことだ。アルバムを見て思い当たったのだろう。
あのグループは俺がいなくなった後、なくなったのか……
それならもしかしたら、瑞菜はひとりで……。両親もろくに帰ってこず、俺もいなくなった瑞菜には何が残っただろう。
俺は今まで、自分がいなくなった後の瑞菜のことなんてろくに考えていなかった。ふつうに、楽しくやっているものだと思っていたんだ。
あの頃の俺は本当にバカで、そして転校してからの俺は自分のことで精一杯だったから。
俺が腐っていたあの時間。その間、瑞菜は瑞菜でつらい思いをしていたんだろうか。寂しい思いをしていたんだろうか。
今更そんなことに気づくなんて、なんとも皮肉なものだと思う。
でもそこに、瑞菜が今の瑞菜になるに至った片鱗を見たような気がした。
「ゆうさ、変わったよね。わたしと話すときはけっこう昔とおんなじで意地悪だけど。学校だと別人みたい」
「そうかぁ?」
俺からすれば、幼馴染の激変の方がよっぽど衝撃的だった。なにせピンクラベンダーの髪に、ネイルに、着崩した制服、短いスカート。ギャルっぽい友達の数々。
帰ってきた俺が懐かしい幼馴染の姿を見つけたとき、どれだけ驚いたか考えてみてほしい。俺とは二度と関わることのない人種になってしまったのだなと、遠い存在になってしまったのだなと。軽く絶望した俺はたしかにいたのだ。
幸い中身はたいして変わってないらしいが。
「あんまり目立とうとしないよね。友達も少なそうだし。なんで?」
純粋に不思議だというように、瑞菜はこちらに視線を寄こしながら疑問を投げかけた。
藍色の瞳が言外に「いつもみんなの中心だったゆうくんがどうして?」と、俺に問いかける。
ぜんぜん、そんなことないのに。
「さあな。まあ、いろいろあったんじゃねえの。
きっと、瑞菜にも色々あったのと同じように。
「何それ、他人事みたい」
「他人事ならよかったんだけどな。……でも、今の俺はこんなんだ。失望でもなんでも勝手にしろ。そしてさっさと俺に見切りをつけろ」
瑞菜の「好き」が過去の俺を指しているというのなら、今の俺は彼女のお眼鏡に叶わないのではないかと思う。
だから責任があるなんて言ったものの、瑞菜が俺を必要としないというのなら。責任を追及しないというのなら、それは当然に消滅するのだろう。
それでも俺が責任を果たそうとするのなら、それはもうただの自己満足でしかない。
しかし瑞菜はさほど興味なさそうに俺の言葉を交わして、段ボールへと視線を戻していた。
「ふーん――――ってあ~~~~! これ、懐かしい~!」
「ちゃんと聞けよおい」
ちょっと真面目なこと言ったんだからさあ……。
「だってこれ~! 昔よくやったよね! ヨンロク!」
瑞菜は段ボールの奥深くに眠っていた古いゲーム機を嬉しそうに掲げたのだった。
~~~~~~~
ヨンロク(逆)
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