第8話 俺は俺なりの純愛を。

「もしもしマイマザー?」


 荷物をとりあえず受け取った後、俺は一旦部屋を出るとすぐさま共謀者と思われる母へとスマホで連絡を取った。


『あ、祐樹ゆうき~? 荷物届いた? もう~そういうことは早く言いなさいよねえ~お母さん準備大変だったんだから~』


「は? いや、そういうこととは?」


 やはり事情を知っているらしい母は得意そうにすらすらと話していく。


『まさかあんたが瑞菜みずなちゃんとねえ~。部屋にこもってエロゲばかりでもうどうしようかと思ってたけど、ちゃんとやることやってたのね~。高校生で同棲だなんてお母さん誇らしいわ~』


「いやそこは別に誇らしがるとこじゃねえ! ていうかなんでエロゲのこと知ってんだよ!?」


 俺にプライバシーはないのか!? もう家帰れねえよ!? いや俺ここに住むんだっけ!?


『そんなのおちゃのこさいさいよ。あんたのオナニー事情はすべて押さえてあるもの。あ、ちゃ~んとエロゲエロ本エロ漫画その他もろもろも荷物に入れておいたから。安心してね♡www』


「おいてめえついに息子に草生やしやがっただろおい!!」


『いやねえそんなわけないでしょ~。お母さん今、とってもご機嫌なんだから~』


「あ? ご機嫌?」


『だってあんたがいなければお父さんとイチャラブし放題じゃない? ……ハッ!? さっそく今日は勝負下着履いた方がいいかしら!?』


「うるっっっっせえ!! 知るかボケ! ていうか、俺がいなくなってもまだ妹がいること忘れないであげて!?」


 夫とイチャラブするために我が子を排除しないでくれ。


『大丈夫よあの子はちゃんと理解があるもの。でもあんたはお母さんとお父さんのラブラブチュッチュを覗き見てシコッたりしそうじゃない?w そういうのはちょっと、さすがのお母さんも引いちゃうっていうかね?ww』


「どこの世界に両親で興奮する息子がいるかあああああああ!?!!?」


『けっこういると思うわよ? エロ漫画とかには』


「それはフィクションだ!」


 両親で興奮するような奴がもしいるとしたら、人として大事なものが欠けている。間違いなく。


『あらそうなの? まあいいわ。とにかく、お母さんはあんたと瑞菜ちゃんを祝福するから。今度ウチにも連れて来なさい。じゃね~』


「なっ、ちょ、おい待て、かあさ――――切りやがった……」


 ぷー、ぷー、と悲しい機械音だけを残して、母は嵐のように電話を切った。


 だが、分かったこともある。



「おい、瑞菜」


「は、はい」


 部屋に戻って俺が呼ぶと、瑞菜はなにやら緊張した様子で背筋を伸ばした。


「……おまえ、もとからこのつもりだったな?」


「あ、あはは……、えっと保険? みたいな? ……わたし、一人暮らしとかできる気しないし。そうじゃなくても寂しくて死んじゃうし」


「……おまえなぁ……っ」


「こ、これで晴れて同棲、スタートだね♪ わたしの根回しは無駄ではなかったというわけなのです♪」


 瑞菜は人差し指をピンと立てると、誤魔化すように半音上げて早口にそう言った。


 俺の幼馴染はバカでアホでどうしようもないが、意外と頭は回るらしい。


 母の件はきっと最終手段、あるいは最後の一押し。俺が頷かなかった時のための根回し。それはとても小賢しくも思えるが、言い換えればそれほどまでに瑞菜には手段を選ぶ余裕がなかったとも言える。


 最初からすべては瑞菜の手のひらの上。いや、イレギュラーはいくらでもあったのだろうが、それでも大方、瑞菜の思い通りに事は進んだらしい。


 それでいて、瑞菜の言ったことにも、流した涙にも、ウソはない。


 幼馴染の俺にはそれが分かってしまうのが、今は余計に憎らしい。


「なあ瑞菜。一発殴っていいか」


「い、いやに決まってるでしょ!?」


「いや、一発くらい殴る権利が俺にはあると思うぞ? とりあえず一発いっとき? 意外とくせになるかもしれんよ?」


「い~~~や~~~~!!」


 逃げようとする瑞菜を、俺は8割くらい本気で追いかけた。





「……ごめんなさい」

 

 殴るのはさすがにやめたが頭を両手でぐりぐり攻撃の刑にしてやった後。瑞菜は涙目のままに呟いた。


「あ?」


「ごめんなさい。むちゃくちゃして」


 本当に申し訳なさそうに瑞菜は顔を伏せる。そんな瑞菜の姿を、俺は見つめていた。


「でも、嬉しかった。ゆうが、来てくれて。本当に嬉しかったんだよ? ぜんぶぜんぶ、嬉しかったんだよ? わたしの気持ちに、何一つ、ウソはないよ?」


 瑞菜は伏せていた顔をグッと上げて、俺を見つめる。


 二人の視線が、交差する。


 そしてやっぱり、俺には幼馴染のことなら分かってしまう。


 言葉などなくても、分かっていた。


 その藍色の瞳に、ウソはない。


「わーってるよ。ったく――――」


 俺は数々のムカつきを込めて。今度は少しだけ優しめに、瑞菜の額にデコピンした。


「いったあ!? ぼ、暴力反対! これから同棲するのに、そんなんじゃすぐにDV夫の完成なんだかんね!」


「うっせえ。夫じゃねえ。それに被害者は俺だ」


 そう、被害者がどちらかと言えば圧倒的に俺だ。


 それなのに。そのはずなのに。俺は瑞菜を抱いたから。そこには責任がつき纏う。


 それは俺自身が勝手に課したものでもあるけれど。でも、やっぱり当然にあるものだと、純愛厨の俺は思うわけで。


 少しは格好つけさせてもらおうじゃないか。


 俺は俺が思う純愛厨としての、理想の男でいようじゃないか。


 あ? 成り行きで抱いた時点でおまえにその資格はねえって?


 それ含めて嵌められてんだよ知るかよもう勘弁してくれ。


「――――俺は俺なりの純愛を、まだ探し続けるさ」

 

 ぼそっと、俺は口の中だけで呟く。


 そう、まだ終わっちゃいないはずだ。だから俺自身の片思いについても、瑞菜についても、これから考えていく。


「ん~? なんか言った?」


「いんや、何も。とにかくまずは荷物を整理するぞ。おまえも手伝え」


「はいはーい」


 そうして俺たちの同棲、いや同居生活が始まる。

 

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