第7話 今日からここで一緒に住もうね?

「…………ぅぇ……ヒグッ……ゆうくん、わたしのこと嫌いなんだぁ~~~~~……っ」


 俺がきっぱりと言い放つと、瑞菜みずなはみるみる顔をしわくちゃに歪めた。


 藍色の瞳からは大粒の涙が零れる。


(おいおいおいおい泣き虫なのも変わってねえなあ……)


 瑞菜が両親に捨てられた直後で、いや、もしくはそれ以前からずっと愛に飢えていたというのは予想がつかないでもない。だからきっと、俺の返事は瑞菜の心に深く突き刺さったのだろう。


 それでも、俺にだって自分の気持ちを伝える権利がある。ウソを言っても仕方がない。だから偽りなく伝えた。


 それが間違っているとは思わない、のだが……。


「おい、瑞菜」


 俺はソファーを立って、瑞菜に歩み寄る。


 そしてその涙を拭い、頭をぐりぐりとぶっきらぼうに撫でた。


「ふぇ……?」


「……べつに、嫌いとは言ってねえだろ。だから、泣くなっつの」


「じゃ、じゃあ、好き……!?」


「だから、好きでもねえつってんだろ。極端すぎだ」


「うぅ……」


 またしょんぼりとした様子で縮こまる瑞菜。


 俺は自分の言葉が間違っていたとは思わない。しかしこれ以上幼馴染が悲しい涙を流すのを容認できるほど、非情なわけもないのだ。


 だから俺はとりあえず、撫でる手のチカラを強めた。優しく、なんて知らないし分からないから。温もりを伝えられればいいと思った。


 そしてまだ伝えていない、言葉の続きを探す。


「でもな、俺には……」


 撫でるだけでは全然、伝わり切らないと思うから。俺はどうにかこうにか、ふさわしい言葉を見つけ出そうとする。


 まだ答えなんか出ちゃいないけれど。

 

 確実に分かることもあって。純愛厨の俺には、彼女を抱いてしまったという事実を決して無視できない。


 だって俺は彼女に、一生の傷をつけてしまったから。それはもう、決して消えることのないものだから。



「――――責任が、……俺にはある」



 責任を果たさなければならない。


 見つけ出したちっぽけな言葉はそれだった。


 それはきっと、俺の求める純愛の終わりを示していて。物語は、始まる前に終わってしまったけれど。


 俺たちはもう、何も分からないコドモじゃないんだ。……かと言ってオトナでもないけれど。


 でも、それでも俺は、自分がしてしまったことへの責任を持たなければならない。


「せき、にん……?」


「ああ。俺はおまえを抱いた、その責任を果たす」


「それって、どういうこと……?」


「知るかよ。俺だってよく分かんねえ。だから、おまえの好きにしろ。おまえが満足するようにしろ。いらなくなったら捨てちまえ、俺のことなんか。……その時が来るまで、俺は俺に出来る精一杯で責任を果たすから」


「好きに……」


 瑞菜は俺の言葉を反芻するように、呟いた。


 なんだか嫌な予感がして、俺は釘を刺しにかかる。


「で、できる限りだから、な?」


「うん。わかってる」


「お、おう。それならいいんだ」


 安心した俺は、瑞菜の頭をわしゃわしゃと再び撫でた。


 為されるがままに目を細める瑞菜は非常に愛らしく、癒される。ずっとこのままでいてくれと思う。


 しかしそれから、瑞菜は新しく覚えた言葉を披露する子供のように、にんまりと嬉しそうに笑って、言った。


「じゃあ、今日からここで一緒に住もうね?」


「……は?」


 思考がショートする。いや、それはさすがに飛躍しすぎでは?


「ちょっと待て瑞菜それは――――」


 しかし異議申し立てようとしたその瞬間、まるで気を見計らったように来客を示すチャイムが鳴った。


「あ、ちょうど来たみたい!」


 チャイムに反応して、瑞菜がぴょんと立ち上がる。


 そして待つこと、数分。


「ごめんくださーい! 北見祐樹きたみゆうきさんの引っ越しの荷物をお届けに来ましたー!」


 なんかもう、すべてが仕組まれているかのようで。イヤな夢でも見ているかのようで。


 そろそろ、現実逃避してもいいですか?

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