第6話 好きなわけねえだろ、アホ。
――――だってわたし、あんたのこと……ゆうのこと、ずっと好きだったから……。
恥じらいながらも告げられたその決定的な一言が俺の中に染み込んでいく。
「好き、だったの……」
今度は、すがるような瞳で俺を見つめていた。
この藍色の瞳を、俺は知っている。幼い頃、俺の後を付いていた彼女の瞳。俺を慕っていてくれた瞳。
だけど、
「なん……でだよ……っ!」
「ふえ……?」
俺は言葉を絞り出す。疑問を正すために。
だって、瑞菜の行動はそもそもがおかしいから。純愛厨の俺とは相反するものだったから。
「――――っ……す、好きだったならまずは告白だろうが!!」
そう、そうだ。なぜ、瑞菜は最初からこの手段を取らなかった?
当たり前にあるような告白が、俺たちの間にあったのなら――――俺はもしかしたら……。
いや、俺には好きな子がいる。だから、俺は俺の意思と、恋愛観に基づいてその告白を断っていただろう。だけど。それでも……。
「何が……何がエッチしてくれない? だよ。ふっざけんな! 痴女かよ順序めちゃくちゃかよ!!」
そんなもの、断るに決まっているじゃないか。
俺じゃなくても、正常な倫理観、判断力がある人間なら怪しむだろう。性欲に流されるような意志の弱いやつのことは知らないが。
(――――ってそれ俺じゃねえかぁ……!?!!?)
サヨナラ、俺のノーマルな倫理観。
「だ、だって……!」
心の中でセルフツッコミしていると、瑞菜が意を決したように口を開いた。
キッと俺を睨みつけたその顔には、さっきまでと違って気の強い彼女の姿が見えた気がした。
「だって、コクハクとか今時流行らないってみんな言ってるし! そ、それにわたしの周りみんな……高2で、しょ、……処女とかあり得ないって言ってたんだもん! だから早くエッチしたかったの!」
「バカかおまえは! ホンットに大バカかよ! そんな尻軽共の言うことに流されてんじゃねえよ! そもそも、処女捨てたかっただけならやっぱ俺じゃなくても適当な男捕まえればよかったじゃねえかよ! そんな、処女ビッチやってんなら――――っ……」
湧き出る言葉のほとんどすべてを言い切ってしまってから、後悔した。
言葉を選ばなければならなかった。言うべきでないことを口走ってしまった。
さっき、俺は考えを改めたばかりじゃないか。幼馴染はビッチではない、と。
見ると、目の前の瑞菜はぷるぷると震えて瞳に涙をためていた。
「み、瑞菜……いや、今のはその……」
「――――ゆうくんが良かったから……」
「は?」
「ゆうくん以外とエッチするなんて絶対嫌だったから……だから、わたし……」
「――――っ」
くそっ、くそくそくそっ。なんなんだよ、こいつ……っ!
そうだよ、瑞菜は俺に抱かれたかったのだと。俺に助けて欲しかったのだと。さっきも言っていたじゃないか。
なんでだよ。俺の幼馴染はなんで。ビッチどもの価値観に流されて、くだらないことを考えて。それでもなんでそんな……純情みたいなものを捨てずに抱えて生きてんだよっ。
結局、瑞菜は変わっていない。いや、もしかしたら変わってしまったのはむしろ俺の方で。
あの頃の、大人しくて、俺の慕ってくれていた瑞菜はたしかにここにいる。変わってしまった俺を見ても、変わらない瑞菜がここにいる。
変わったのは、見た目だけで。なぜそんなことになっているのか、彼女の元を去っていた俺には分からないけれど。
でも、彼女は彼女自身を貫くだけの自分を残している。
「はあ~~~~~~……ったく――――っ」
俺は思いきり、全ての嘆息を吐き出すように脱力した。
ソファーにだらんと座って、天井を見つめる。
そうして、自分の考えを整理した。
「バカ。ほんとバカだな、おまえ」
「う、うっさい」
悪態もつきたくなるというものだ。
こんな出来事がなければ、きっと。瑞菜が素直に俺へ想いを伝えてくれていたのなら、きっと。
俺はこの胸に抱える片思いと、瑞菜の想いを天秤にかけて悩むことができたのに。そんな、よくあるラブコメ主人公みたいなことができたのに。それも、俺が求める純愛というものの一つの形だったかもしれないのに。
俺にはもう、選択肢がないじゃないか。
「ね、ねえ」
「なんだよ、大バカの元処女ビッチ」
もう、言葉を選ぶのとか、やめた。こいつに、幼馴染にそんなもの必要ない。散々振り回されて、ムカついてるんだ。悪態くらい、もっとつかせろ。
「そ、それ言わないでったらぁ……っ」
瑞菜は泣きそうな声を上げる。
フン、いいザマだ。
しかしそれから、瑞菜はまた恥ずかしそうに目を伏せて、口を開く。
「それでその……どうなの?」
「あ? 何が」
「え、……だ、だってその……わたし、コクハク……したつもりなんだけど……」
「ああ、そのことか」
そうか。瑞菜は結局、俺に告白したということになるのか。
それはもう、なにもかもが遅すぎるとしか言いようがない告白だが。
「ゆうはわたしのこと……好き?」
おずおずと、顔を赤らめながら聞いてくる瑞菜は一言でいうならめちゃくちゃに可愛い。
こんな女を自分が抱いたのかと思うと、また正気を失いそうな気さえしてくる。
人間というのは愚かしく、浅ましいもので。彼女を抱く前と抱いた後では、見えるものがまったく異なる。
だけど、俺の答えは決まっていた。
これくらい言わせてもらわなければ、俺の気がすまない。
「好きなわけねえだろ、アホ」
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