第57話 乙女の少し02


 そんなわけで僕と四谷は教室に残留。


 二人で宿題を消化していた。


 久遠は、


「あー……」


 と事情を察し、


「刺されるなよ」


 ポンと僕の肩に手を置いて帰った。


 まぁ、『司馬セーフティ』があるんでヒットマンさえ恐くないんだけど。


「物理わかんない。教えて」


 四谷は理論学問が苦手だ。


 これは人それぞれなので、オリジナリティとしては構いやしないんだけど、たしかに出来るなら出来た方が都合は良いはずで。


 解説はする。


 答えは教えないけど。


 別に教師ぶっているつもりは無い。


 単純に理解を勧めた方が有益なだけ。


 そうやって宿題をやっていると、


「あーっと四谷さん」


 生徒が一人訪ねてきた。


 茶髪に染めたイケイケな御様子。


 それは四谷も同じだけどさ。


 さてさて何のご用件か。


 言わずとも分かるし、それだけの価値を四谷は有している。


 別に贔屓目を持ち出さなくても十分四谷は美少女だ。


『ホームルーム後。誰も居ない教室で』


 それが恋文の内容だったのだ。


 乙女としては恐いところだろう。


 僕はモブキャラ。


 今更ながら、なんで此処にいるのやら。


「司馬……」


 まぁ名は売れてるよね。


 世界制覇王国。


 その国王陛下。


 今のところ暴君のつもりもないけど。


 国際的なテロリストではあって、ちょっと有名人。


 事実米国を敵に回して飄々とする様は、周りには異様に映っているらしい。


「邪魔だ。消えろ」


「ま、空気だと思って」


 空気のように軽く言う。


 実際の空気は重いけどね。


 ――大人一人分だっけ?


 肩に掛かる空気の重さ。


「……………………」


 しばし思案の男子生徒。


 無視することにしたようだ。


 良かれ良かれ。


「四谷さん」


「はい」


 少し緊張の面持ち。


 ヒキッと表情筋が強ばった。


 ――そんなものだろうか?


 慣れているだろうに。


「好きです。付き合ってください」


「無理し」


 サクッと。


 切腹無しで介錯。


 あくまで言語の表現でね。


 ま、何時ものことと言えば何時ものこと。


 実際に色々と告白されるも、四谷は頷いた試しがない。


 恋愛に憧れを持っていないのかな?


 グッと歯を食いしばったのは皮一枚ゆえか。


 さっきの介錯では止まらないようだ。


 男子生徒は食い付いた。


 惨めと評するのは簡単だけど、恋の連立方程式では確かに賞賛に値しよう。


「誰とも付き合ってないんだろ?」


「え……と……」


 四谷が、こちらに流し目。


 僕はペン回しをしながら成り行きを見守る。


 言うべき事は何も無い。


 別に四谷が誰と付き合おうと、僕は賞賛するだろう。


 恋とはそれほど大仰なモノだ。


「じゃあいいじゃん?」


「でもあなたのこと知らないし……」


「それを知るために遊ぼうぜ?」


「…………」


 ペンをクルクル。


 四谷は少し思案して、机を挟んで対面の僕に向かう。


「何か?」


 と思うと、


「――――――――」


「――――――――」


 意識の加速。


 時よ止まれ、お前は美しい。


 で、唇を奪われた。


 所謂、『キス』と呼ばれる行為。


「っ!」


 告白男子の絶句。


 ちなみに僕も絶句。


 それほどインパクトの強い映像だった。


 彼女の唇の感触が、僕の唇を湿らせる。


「司馬と付き合ってるから無理し」


 そう言ってのけた。


「ソイツはラピスさんと……」


「後アートもね」


 余計なことを言う僕。


 ちょっと動揺しているようだ。


 ――余計な一言だったかな?


 でも事実ではあるし、なにより現実である。


「そんな奴と……」


「一応だけど恋人だし」


 いつの間に。


 幻術を破ったという幻術を破ったという幻術を……(以下略)。


「だから無理」


 そう四谷は結論づけた。


「ち!」


 舌打ち。


 不本意そうだけど、それは僕も同じだ。


 いきなりキスされて「平静でいろ」の方が無理筋だ。


 ぶっちゃけ正気の沙汰じゃ無い。


「ビッチめ」


 吐き捨てるように男子生徒は罵り申した。


「じゃあね」


 さすがに反論はしない様子。


 ビッチ……と言われるには四谷は純情だ。


 別に僕とは付き合ってないけど、仮に付き合っていても、それなら一途に尽くしてくれる……かもしれない。


 付き合っているわけじゃないから確証は無いけど、それでも彼女が軽やかに男女の関係を持つとは……親友の僕にはまず思えない案件なわけで。


「御苦労様」


 賢明ではある。


 実際に、こうやって言い寄る夢見がちは多い。


 ラピスもアートもそうだろう。


 その辺の美少女性には非の打ち所が無いわけで、「生まれを呪え」程度しか言えない僕でも会った。


 思うところもありそうだけど。

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