第56話 乙女の少し01


「それじゃ九月にまた会いましょう」


 そんなわけでこんなわけ。


 ホームルームが終わり、夏休みが始まる。


「わぅん」


 僕は突っ伏した。


 この机とも少しさよなら。


 一学期の間ありがとう。


 そして二学期になったらシクヨロ。


 そんな感じでしばしの別れ。


「お疲れですか兄さん」


 ラピスが尋ねてくる。


 ニコニコ笑顔は乙女の証。


「へえ」


 と僕。


 夏休みだ。


 ちょっと思うところもあるけど、純粋に歓迎すべき事柄。


「ワールドジャンプで帰りますか?」


「歩いて帰るよ」


「ではその通りに」


 軽快なソロバン弾きのような声。


 一々こやつはこっちの琴線に触れてくる。


 僕としても不快じゃないんだけどね。


 でも愛故に言葉は封じせしめ。


「夏休みは何をしましょう?」


「宿題の消化」


 夢がないけど最優先事項。


「教えましょうか?」


「自分でやる」


 南無三。


 さすがに勉強は出来た方が良い。


 もちろんラピスが稼いでくれるんだから人生の今後についての憂慮は無くなったわけだけど、其処に甘えるのもどうかだよね。


「アートはどうするの?」


 そっちに降ってみる。


 隣の席だ。


「少し実家帰ろか思ーます」


 ふにゃ。


 そう鳴いた。


「大学の研究室もうるさしければ」


「大学?」


「ハーバードですけど?」


 ――なんでこの子、高等部に通ってるの?


 まぁ僕とラピスのせいだけど。


 むしろ積極的にラピスのせい。


 世界革命の時分に於いて、ちょっと話題性を集めすぎているというか世相議論の的に成り果てているというか。


「宰相閣下も来ませんか?」


「技術流出は避けたいので」


 軽やかにけんもほろろ。


「ふんむ……」


 少し悩んで、


「では期があればー」


 そう言ってアートは去って行く。


「司馬」


 四谷が僕に声をかける。


 少し赤らんでいる。


 ――何故よ?


 ちょっと思案するけど解は得ず。


 ま、別に熱があるわけでもなかろうし。


「何か?」


「今日暇?」


「大体いつも暇だけどね」


「じゃあ付き合って」


「ビッチ」


 ラピスがスッと目を細める。


 警戒しているんだろう。


 けど此処では的外れだ。


 正確にはこの時間軸では……だけど。


「ビッチじゃないし!」


 何時ものやり取り。


 まぁ真っ正面からビッチ呼ばわりは反発を生むだろう。


 実際に四谷は処女だしね。


「てなわけで司馬さん」


「はい」


「司馬借りるから!」


「ええ~」


 すっごい不満そう。


 妹に愛されて、ぼかぁ幸せもんだ。


「まぁまぁ」


 頭を撫でてあやす。


 借りてきた猫のように大人しく。


「先に帰ってて」


「兄さんはビッチが好きですか?」


「乙女が好き」


「乙女だし!」


「ビッチです」


「そこら辺の議論は後で」


 どうせ平行線だ。


 カロリーの消耗では意義在るけど。


「うぐー」


 大型犬を警戒する子犬。


 毛並みを撫でて落ち着かせる。


「先に帰ってて」


「ビッチに付き合うんですか?」


「友達だから」


 他に理由も要らないだろう。


「司馬……」


 四谷も複雑そう。


「ではお待ちしております」


「はいはい」


 そう言った瞬間フツリとラピスは消えた。


 ワールドジャンプ。


 便利な魔法だ。


 正確には科学技術の粋だけど。


 インタフェースともなると何かとやりたい放題だね。


 ちなみに褒め言葉です。


 念のため。


「で?」


 四谷を見る。


 基本的に雑談は許されるレベル。


 こと四谷となれば、気心の知れた仲。


 別段憂慮も必要ない。


「何の用?」


「告白されたし」


「夏だなぁ」


 他に言い様もなかった。


「季節関係あんの?」


「夏休みを四谷と過ごすのは嬉しいことじゃないかな? 青春のスケジュールがまた一ページとしては」


「…………」


 不機嫌に成られました。


 ――たまに四谷が分からなくなるときがある。


 いいんだけどね。


 コッチとしても四谷に恋人が出来れば、迂闊に接触出来なくなるから、掣肘の意味では有意義ではある。


 もっとも、四谷の思惑はちょっとわかんないけど。

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