第49話 アート=シルバーマン06


「では、いーだきます」


「いただきます」


 そんな御様子。


 一応仏教の作法なのだけど、アートは郷に従うようだ。


 イギリス財閥ならプロテスタントでは?


 そうも思ったけど。


 フレンチのコース料理。


 その前菜を食べながらアートは話題を切り出した。


「宰相閣下」


「はあ」


 赤と碧が交錯する。


「ロンドンにぃも永久機関を敷設して貰えなあでしょか?」


「それはイギリスが王国の臣国となる……と云うことですか?」


 一応条件は其処だ。


 世界制覇王国の臣下……この場合の臣国となって王国に絶対服従……つまり定規で線を引いたような上下関係が大前提。


「国際社会とての立場でゆーなら不可だす」


 でしょうね。


 まさかグレートブリテンが頭を下げるわけもなし。


「代わり言って何すけど」


「……………………」


 この前菜のサラダは美味しいね。


 特にチーズ。


「シルバーマン財閥の権限全てを譲渡すーる。コレは如何でしょう?」


「ぶっ」


 久遠が吹いた。


 僕はあまり驚かなかったけど、多分ラピスの影響。


 四谷はあまり理解しなかったらしい。


「……………………」


 ラピスは平然と前菜を食べて吟味斟酌。


 前菜の味か。


 あるいはアートの文言か。


 どちらにせよ重くはあろう。


「いかがーですかー」


「要するにシルバーマン財閥の当主になれと?」


「そー受け取てもらてかまやせん」


「理由は?」






「ラプラスレコード」





 …………?


 いきなりなテクニカルタームに思考が空白で塗りつぶされた。


 らぷらすれこおど?


「知っているので?」


 鮮やかな紅。


 そこに疑暗が彩色される。


 切れるように細められた目は熱を持たず、ただ鋭利に研がれた和刀のような寒気が湛えられるのみ。


「シルバーマン財閥のご先祖がインタフェースだた御ようす」


 インタフェース?


 接続機器?


「なるほど」


 何を納得してる。


 妹よ。


「いこーシルバーマン財閥、インタフェースを探して保護してま」


「それはそれは…………世界最強の財閥になるはずです」


 ラピスは得心いったらしい。


「何の話?」


 四谷が一般人代表で尋ねる。


 ありがたい。


 ある意味四谷は僕の平穏の具現化だ。


 ラピスは世界統一国家の宰相。


 アートは財閥令嬢で……久遠は大企業の出来息子。


 魂に根ざす部分で四谷は軸の一つだ。


 無論ラピスも軸で……ルリに至っては魂の共有にも近いけども。


 しかし一般人というか凡俗の在り方が、僕に一番近い。


 妹のために家事を執り行うのが僕の使命だけど、なにかこう……最近は常識から幽離している。


「宇宙の記録装置」


 それがラピスの言葉だった。


「宇宙そのものを演算する数学装置。形相の究極。ワールドバックアップとでも訳せば少しは分かりますか?」


 フレッシュジュースを飲みながらラピスは言う。


「神秘学ではアカシックレコードとも呼ばれますね。こっちは聞いたことがあるのでは?」


「あるけど……」


「数学ではラプラスレコードと言うのです」


 ということは……。


「ラピスの超演算って……」


「ええ。兄さん。ラプラスレコードのワールドインタフェース……要するに宇宙演算機能のバックアップあっての御業でございます」


 その結果か。


 露骨特異点。


 第一種永久機関。


 ワールドジャンプ。


 何より時間移動。


 ラピスの怪物性もアカシックレコードの所産と知れれば確かに分かりやすくはある。


 あ、ラプラスレコードだっけか。


「なぁので」


 アートが視線だけで敬服。


「ラピス閣下にはシルバーマン財閥の御当主となっていたーき、世界と人類とを導って欲しいかです」


 干し烏賊?


「面倒」


 まぁそうなるよね。


 ラピスにとっては僕を幸せに出来れば良いのであって、金銭の風呂に入りたいわけではないのだ。


 ――僕を覇王陛下とするのは良いのか?


 ……いいのだろう。


 ラピスの中で決着がつくなら、僕は別に異見を差し挟まない。


「世界で一番偉い兄さん」


 それがラピスの傷へのガーゼだ。


 兄失格だな……僕は。


「シルバーマン財閥ではごふーまんでー?」


「基本的に兄さんが生きていればユートピアで、死んだら地球丸ごと消し去ろうかと思っているくらいですので」


 割と洒落になっていない。


「ま、世界を滅ぼすのは既にやったのですが」


「…………?」


 世界は健全に有機運動しておりますが?

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