第47話 アート=シルバーマン04
神山の、山べ
「うわあああッ!」
絶叫が響いた。
すぐ傍。
隣。
同衾しているラピスの物だ。
「っ!」
嘔吐感に襲われ口元を押さえる。
彼女としては胃の逆流を必死で抑えているのだろうけど、僕はポンポンと背中を叩いて、そんなラピスを安心させる。
「大丈夫」
僕は抱きしめてあげた。
背中をポンポンと断続的に叩く。
「我慢しなくて良いよ」
あやすように言う。
「吐きたいならいくらでもどうぞ。泣きたいならいくらでもどうぞ」
「私が……兄さんを……殺した……」
「今生きている」
そのためにラピスは過去に渡ったのだから。
「兄さん……兄さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「大丈夫」
ギュッと抱きしめる。
「ここに敵はいないよ」
体温を分け与える。
冷えた心を温める必要があった。
その温もりが必要なら、僕は幾らでも分けてあげたい。
ラピスが泣いていることは僕にとってもマイナスだ。
「誰も君を責めない」
だから、
「自分を責めないで」
「でも……でも……」
「ちゃんと生きてる。死んだりなんか……するもんか」
「兄さん……」
「ちゃんとルリの優しさは受け取ってるから」
ズルい言い方だ。
『ラピス』ではなく『ルリ』と呼ぶ。
けれどそれでラピスが泣き止んでくれるなら僕は幾らでもピエロになれる。
道化が創るのは誰しもが笑う暖かな空気で、笑われることを第一義とするサーカスの花形でもあるのだ。
「う……げ……っ!」
押さえた口元の堰を切る吐瀉物。
胃液ごと逆流して僕とラピスを汚す。
ついでに布団もね。
「大丈夫大丈夫」
気にせず僕はラピスをあやした。
別にゲロを吐かれた程度で怒りを覚えることもない。
「ごめ……なさい……」
「気にしてないよ」
これは本当。
口調はおどけてしまったけど。
「少し落ち着くまで居てあげるから。いっぱいいっぱい甘えてね。遠慮なんか必要ないから卑下するだけ幾らでもして。疲れたら僕が大丈夫だよって言ってあげる」
「兄さんは……何でそんなに……」
「大切な妹だからね」
「私が殺しても?」
「いいんじゃない?」
ルリが僕に死んで貰いたいなら、僕は世界に未練もない。
「やだ……やだよぅ……」
「だから生きてる」
頭を撫でる。
「僕はちゃんと生きてる。これもルリのおかげ」
「私は……私は……」
「恐くなったら何時でも僕の胸に飛び込んできて。先に述べた様に、幾らでも甘やかしてあげるから」
「兄さんは……いいのですか……?」
「ルリズムです故」
ホケッと。
「可愛いルリ」
ラピスに囁く。
「君が生きているだけで僕は嬉しいんだ。君が笑っているだけで幸せなんだ。だから……君が泣いているだけで絶望する」
「兄さんの馬鹿」
「委細承知」
「お人好し」
「ご尤も」
「シスコン」
「名誉勲章だね」
「本当に許してくださるんですか?」
「まず以て死んでないし」
何を恨めと。
「でも……殺したんだよ? 私は兄さんを殺したんだよ? 私だけが味方でいられたはずなのに……その義務すら放棄して……っ」
「お兄ちゃんは妹のためならいくらでも強くなれるのです」
それはきっと愛の力学。
「兄さんは……いつもそうやって私の味方をしました……」
「ルリが一番大切な……僕の家族だから……」
「私は……」
「とっても大切な存在」
少なくとも啓蒙してしまうくらい。
実母との約束を思い出す。
「あ……う……」
「いい子いい子」
優しく白い頭を撫でてやるのだった。
「本当に……兄さんは……」
ピエロです。
然れどもソレが何かと申さば、お兄ちゃんという存在は、妹というバフがあれば無敵超人に相似するのでした。
キリエエレイソン。
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