第45話 アート=シルバーマン02
学食でのこと。
「で、アートは何しにここへ?」
まさか、「偶然」とは言うまい。
「覇王陛下の側室になりたーです」
「ぶっ」
と牛乳を飲んでいた四谷が吹いた。
無理なからぬ。
僕だって心情は似通っている……むしろ確信の度合いで言うなら他人事の四谷より事情は深刻だ……あまりにも……。
「必要ないでしょう?」
とはラピスの言。
「いえいえー」
ポヤポヤ穏やかなアート。
久遠は歯に物を……な顔つき。
とりあえずは学食の定食を食べている。
「司馬?」
四谷の不審げな目。
「わかるけど僕のせいじゃないでしょ? 転校を手引きしたわけでも、日本留学を勧めたわけでもないし」
「ですだよ」
アートも追従する。
「セックスは両者の責任です」
「……………………」
四谷には申し訳ないけど、この際の反論も億劫だ。
「そのために日本に来たの?」
かろうじて四谷が問う。
「えと、覇王陛下の側室に」
「本気?」
「ですですだよ」
「司馬の何処が好きなの?」
「顔ですだよ」
泣いて良いですか?
顔で選ぶなら久遠とか他にも居るでしょうよ……そんな皮肉を放つためだけに海を渡ったのか此奴は。
「王家は承服してるのか?」
これは久遠。
どこか試すような口調だった。
視線も何か冷えていて切れるように研ぎ澄まされ、僕や四谷に向ける目線とはマテリアルが一緒でもスピリチュアルが違う。
「もちろんですー」
軽くアートは首肯した。
「お爺様……公爵も把握しておりけりますれば」
「何の話?」
四谷が尋ねたけど、僕も同意見。
「ええと……なんていったものか」
久遠が言葉を考えていると、
「世界財閥の御令嬢です」
ラピスが字面の重みとは正反対の気楽さで述べた。
「はぁ……………………は?」
財閥令嬢……何ソレ?
「イギリスの銀行一族です。多数の銀行と保険証券会社を保有していまして、グレートブリテン……引いては世界経済の大動脈そのものと言えますね」
「最近は不況なので赤字も多いですけどねー」
アートはヒラヒラと手をふった。
その手は気にするなとでも言っているのだろうか?
「軍事のアメリカ。経済のイギリス。だいたいここが二大です。私としても、あまり敵に回したくない部類には入りますね」
「あまりってことは敵に回すこと自体には憂慮しないの?」
「兄さんの保有する戦力の方が強いですから。世界征服できる軍事力ですよ? 何かにつけ便宜をはかるのは覇王の務めです」
「となると……」
僕が考えたことを久遠が言葉に変換。
「アメリカの覇権に対する切り札か?」
ラピスの演算。
システムメギドフレイム。
アメリカは世界制覇王国を認めていない。
アメリカ人個人は臣民を称する人間も出るが、政治的には民主主義と自由主義の国だ。
一個人の采配による世界運動は断じて許されないのだろう。
とはいえ、「ラピスの神罰兵器への対処をどうするか?」という処で現実の落とし処を探す…………ここで漸く戦略レベルの話になるのだ。
「で、アメリカの覇権を終わらせる意味でラピスが有用だと」
「畏れおいいですがー」
「畏れ多いね」
「それですがー」
ちょっと可愛い。
いや、乙女としての神秘性はかなりのレベルにあるのだけど。
輝く白銀の長髪は学食の端っこの端っこにあって……それでもなおオーラで全体を圧している。
「イギリスとしては臣国になる気があるので?」
「そっこは混迷中ですなー」
さすがに歴史と伝統を重んじる国であるため、他国に冠を譲る気も無いのだろう。
だがメギドフレイムも無視できる物では無い。
そこに来てシルバーマンが意図するとなれば、アメリカが更に意固地になる可能性も考えなきゃ為らないと。
「で、とりあーず僕が覇王陛下の側室に」
「御苦労だね」
世界財閥が動くとは。
幾ら何でも容量オーバーだ。
悪い意味で政治的すぎて、とても高校生の境遇とは覚えない状況に相成っている……一言で述べて混沌。
「兄さんを王室と同等に見做すのは賛成できないのですけど……」
ラピスはどうあっても僕を一番にしたいらしい。
今更だけど、意気は買う。
「僕じゃ駄目でっか?」
「三歩後ろで影を踏む」
「やまとなでっこですねー」
「なわけで処女性を大切に為さってください」
「お好きにどぞ?」
「放置プレイを楽しまれればと」
「にゃはー」
ポヤッとアートは笑うのでした。
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