第3話 軽木の纏う諸事情02


 葬式から一日後。


 朝が来た。


 色々とやることはあれど、


「とりあえずはルリの朝食を」


 僕の日課だ。


 初七日にかかずらう暇がない。


 しかしどうするか。


 いきなり両親に死なれ、親戚一同もあてにできない。


 二人で生きていくのなら、それなりにやることはある。


 まず将来以上に愛妹の精神が心配だ。


 繊細な子なので、僕ですら取扱注意には該当するのだ。


「けれど……なべて世は事もなし」


 朝食にトーストとサラダとスープ。


 昼食にグラタンを準備してオーブンへ。


 春の朝の騒がしさよ。


 いいんだけどさ。


 別に。


 並列して洗濯機を回し、衣服を干す。


 今日は晴れるそうなので外に。


 サンサンの太陽の匂いがする乾き方は、ある種の家事担当にとって、一つの至福とでも申せましょうぞ。


 ――さて、学ランを着ると、高校生っぽく見えるだろうか?


 黄時学院高等部一年。


 僕の身分だ。


 諸々を済ませると、僕は扉を鎖錠して外に出る。


 うむ、今日は良い天気。


 その日差しの下で、視界に入るは輝かしき。


「おや」


 不意に声が木漏れた。


「あの……おはよ」


「よっす」


 お知り合いが二人。


四谷よつや久遠くどう


 幼馴染みだ。


 四谷は、髪を茶に染めて、パーマをかけている今時の女子高生。


 なんかその辺のおっさんを「パパ」とか呼んでいる雰囲気。


 いわゆるイケイケな感じなんだけど、その華やかさは僕をして認めざるを得なく、また学内での人気も高い。


 久遠は男子高生。


 鮮やかな金髪だが、こっちも染めた物だ。


 痛い……と思われがちだが、此奴がなすとイケメンに見えるので不思議。


 実際、顔の造りは丁寧で、四谷と揃って立つと、お似合いの美男美女アベックに見える不条理と不思議の両立。


「あー。大丈夫か?」


 久遠が偲ぶように尋ねた。


 昨日の今日で心配もかけているのだろう。


「別に両親が死んだからって僕の健康が損なわれるわけじゃないから」


「いや、そうだけどよ」


「無理してない?」


 四谷は苦虫を、な表情。


「結構してる」


 苦笑。


 僕の母……ルリの実母ではなく、僕の実母の言葉が魚の小骨の如く刺さっていた。


「だしょ」


 目を伏せて悲しげ。


「気にしなくていいから。御機嫌取るなんて四谷らしくない」


「けどさ」


 茶髪を弄りながら、何か言いたげ。


「よし。今日の昼飯は奢ってやるよ。だから元気出せ」


「友情万歳だね」


 諸手を挙げる。


「久遠マジイミフ」


 四谷は責めるような視線を、久遠に向けた。


「慮るのもいいけどな」


 実際に同情は……されているだろう。


「あまり暗い顔しても司馬を追い詰めるだけだろ?」


「そのとーり」


 ポンポンと四谷の肩を叩く。


「気にするなとは言えないし、同情も有り難いけど、それで四谷の笑顔が消えるなら収支はマイナスだよ。笑った方が得だって」


「本当にそういうこと司馬は素面で言うよね」


「生まれの業だね」


「親のせいにするなし」


「死人に口なし」


「マジ大丈夫?」


「全部を失ったわけじゃないから」


「ルリちゃん?」


「ん」


 僕に残った……ただ一人の家族にして宝物。


 あらゆる意味で遺産と呼べる最後のレガシーコスト……いえ、コストでは無いんですが。


「やっぱ追い込まれてる?」


「多感な時期だからね」


「ホームラン級だよな」


「まさに」


 僕と久遠は拳をぶつけ合った。


「さりとて人の気持ちは測りがたく」


「全て泡沫、夢の如し」


「いったい何の本を読んだの?」


「仏教関係を幾らか」


「輪廻転生?」


「あんまり好きな概念ではないね」


「何でよ?」


 四谷の茶の双眸。


 少し懸念の光が疑問で塗りつぶされた。


「輪廻転生で人がリサイクルされるなら人口は増えないでしょ?」


 最初から生命の数は決まっていなければならないことになる。


「なんでそこまでひねくれられるの?」


「生まれの業」


 リングワンデルング。


 それなりに摩耗してますなぁ……僕の言動。

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