【200PV大感謝】虚構少女は終末ライブの夢を見るか
液体金属
prologue 空の光はすべて雪
000「氷河期な訳がないんだよ」
「ええ。けれどもボクは、ボクをこう定義しています。『ボク』とは常に、『歌い続けるモノ』であると」
―—とある歌姫のインタビューより
❅
いま。ひとひらの雪の結晶が、あたかも踊り子のように舞い降りた。
などと言ってしまえば優美だけれど、この踊り子たちは五百年間溶けることを知らず、いまや地球を隅々まで征服している。
自由の女神はとうにつららのヴェールを身にまとい、ピラミッドは氷山さながら凍り付く。
そうして「旧世界」は、遺跡と化した。
―—この星に、一万年ぶりの氷河期が訪れたのだ。
人々は透明なドームで覆われたシェルターに退避し、極寒の世界で活動することから逃れた。限られた土地での自給自足を余儀なくされて、世界の人口は十分の一に減少した。
そんな中。人間が歩けなくなったシェルターの外で、人知れず活動を続けている少女がいた。
彼女の名はニシキ。
ホログラムの身体を持ち、
「ふぅ……」
肉声ではない、機械的な少女の声。
白と水色のエプロンドレスはフリルが霜のごとく連なり、スカート部分が鳥籠状の鉄柵になっている。水色の髪はさらさらのショートヘアで、人形のごとく精巧な眼と鼻をもったベビーフェイス。
ニシキはスカートのフリルを揺らし、とある遺跡の塔に登っていた。
空は青々とした快晴にもかかわらず、雪がちらほらと降っている。
実体を持たないホログラムのボディを、次々と吹雪がすり抜けていった。
「さすがに高いね……」
無表情がデフォルトのニシキも、さすがにぐったりと息を
ここは東京
五百年前の人々が立てた、旧世界の建築の遺構だ。
いまや雪にまみれ、凍りついた鉄心からは巨大なつららが垂れ下がっているが、氷河期以前の世界ではこの都市のシンボルであり、電波塔でもあったと聞いている。
つららの隙間からのぞく赤い鉄骨が、白銀に慣れたニシキの目には新鮮だった。
「ニシキー、やっぱりカエローヨ」
箱型のロボットが、コウモリにも似た羽を羽ばたかせる。
彼の名はトーキー。モニターにつぶらな瞳が二つ浮かんだ、実体を持つAIだ。
「こんなところに遺物が眠っているハズないヨ。新曲なんて、あと五年は発掘しなくても大丈夫だと思うナァ……」
「ううん。だめ」
ニシキは鉄骨に固定されたボルトにそっと足をかけ、また少しずつ塔をよじ登る。
「『ボク』とは常に、『進化を求めるモノ』なんだよ。アイドルなのに、持ち曲があの五曲だけなんて少なすぎる」
そう。ニシキは〈虚構体〉でありながら、知る人ぞ知る「アイドル」でもあった。
氷河期の中でも自由に移動できる〈虚構体〉だからこそ、各地のシェルターでライブを行なうことができるのだ。
東北地方から南下してきて、今日が東京での初ライブだった。
「今から新曲を見つけてモ、夕方のライブには使えないヨ……。地道な下積みモ、
「またそれって、前に発掘した……ニ■ニコ大百科の受け売り?」
「ソウソウ。あれハ良い
なぜか得意げなトーキーが少しおもしろくて、ニシキは俗っぽい相棒を軽くつついた。
「まァ、とにかく、音楽データなんてソウソウ見つからないヨ。見つかったら~~~そりゃモウ天にも昇る気分サ!」
「ならとりあえず、いっしょに空までのぼろっか」
「エーーーッ」
警告音を立てるトーキーをよそに、ニシキは再び、赤い塔をよじ登っていく。
これは「発掘」なのだった。
氷河期の到来によって、人々は文化的な生活をひとつずつ諦めていった。食糧を確保し、最低限の電力を確保し、必需品を共同体のなかで生産し、シェルターを覆うドームを維持する―それだけで人々の一日は終わった。
結果。娯楽に耽る人間はおろか、娯楽を創造する人間も失われてしまった。―—音楽をつくる人間など、なおさらだ。
だからニシキの「新曲」とは、五百年前の遺跡から見つけ出された、文明の残滓に他ならない。
「ニシキはボカノ曲しか歌えないからナア。昔はタマタマ、ボカノのアルバムを発掘デキてラッキーだったネ」
「……」
ボーカルノーツ、通称ボカノ。氷河期が到来する以前の旧世界で普及していた、音声合成ソフトである。
五年前。ニシキは秋葉原の遺跡から、五百年前のコンピューターを発掘した。そこで発掘した旧世界の作品が「SEASI■E SOLILOQUIES /Oran■estar」。
すべてボーカルノーツによる歌唱で製作されたアルバムであり、そこに破損せず残っていた五曲がニシキの「持ち曲」のすべてだった。
「でもこのタワーだって保存状態の良い遺跡だし。きっと、パソコンの一つや二つ、残っているはず……」
「そのパソコンに、ボカノ曲が入ってルトハ限らないケドネ」
「発掘してみないと分からないよ」
ニシキは遺跡を登り続ける。落下してもホログラムのボディが破損することなど無いが、あまりの高さに目が眩みそうだった。
それでもこの塔の展望台まで登れば、一つぐらい五百年前のコンピューターが残っているはずだ。コンピューターさえ見つかれば、そのなかにニシキの求める「新曲」―—
「うっ」
吹雪が、ホログラムの身体をすり抜けてゆく。
それでもAIにだって「感覚」はある。だからニシキは目をつむる。
やがて、風がぴたりと吹き止んだ。
「うわあ……」
ゆっくりと目を開いたニシキは、眼下の景色に息を呑む。
見渡せば、円環状に広がった地平線が、太陽の光を受けながら大地を丸く切り取っていた。
かつての首都はとうに雪の下に埋まり、斜めに傾いたビルが白い地平から頭を出している。
まるで海のようだった。あの雪のどれほど深いところに、ほんとうの地面が眠っているのだろうか。遠い昔はあの雪の底で、誰かがピザを届けるためにバイクを走らせたり、映画を見るために友人と待ち合わせたりしていたのだろうか。
「綺麗だ」
ニシキは胸がいっぱいになって目を細めた。
終わらない冬は、あまりに静かでさみしいけれど―何もかも氷漬けになってしまった世界は、造りもの同等に美しい。
世界こそ真に美を孕む。
ニシキがアイドルになったのは、人々にこの季節の美しさを伝えたかったからだ。
「……この雪景色を見てると、ボクは歌わなきゃって思えてくるよ」
水色の髪が風に揺れる。
いつのまにか雪は止み、陽光が細く大地のあちこちに差し込んでいる。その眩しさに、ふと目を細めたそのときだった。
「―—雪景色?」
前触れもなく、頭上から声が降ってきた。
ニシキはぎょっとして見上げる。
赤い鉄骨の上に、長身の少女が立っていた。
いつのまに居たのだろうか。
少女もまた、酷く驚いた様子でニシキを見ていた。目も醒めるような金色のロングヘアが、細やかに陽光を受けて輝いている。
「君いま……雪景色って言った?」
不可解に思うニシキをよそに、少女はこちらに声をかけてきた。
まるで幽霊でも見つけたみたいな顔だ。
「何を驚いているんですか。見ての通り、世界は氷河期なんですし……」
ニシキは少々投げやりに言い放つ。
少女の顔は引き攣って、その目はゆらゆらと揺れていた。
何かが変だ。
自分でも理由は分からない。
けれど、何か後戻りできないような、取り返しのつかないスイッチを押してしまったかのような―そんな予感がしているのだ。
「あの。どうかしましたか」
「い……いや。どうかしたっていうか……君にはこの景色が見えてないのか?」
「……?」
金髪の少女は、戦慄した様相でニシキを見る。
そうして、言った。
「氷河期な訳がないんだよ。だって世界は五百年前からずっと―—ずっと砂漠だったじゃないか」
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