美の女神とゾンビ - the first contact - (後編)


深夜。


巨大なサーチライトは部屋の奥まで光の筋を伸ばす。

昼間のような明るさと、途切れぬ銃弾の音。


一体目のゾンビは、オブジェに向けた憎悪の表情を銃弾で貫かれ、どろどろに溶け形を無くし、地面に横たわった。


ゾンビたちはこの世のものとは思えぬ叫び声をあげ、『嵐を呼んだルーキー』の人間たちに襲いかかる。


一体が、驚くほどの勢いで一人のサラリーマンに跳び掛かると、その首が飛び、すかさず隣にいたサラリーマンが倒れたゾンビに銃弾を浴びせた。


「怯むな! 散開しろ!

 動け! ゾンビの的になるな!」


サラリーマンたちは攻撃を避け、猪突猛進するゾンビたちを的確にさばいた。


崩れた人型のオブジェが輝いている。


————雪柊はそこに降りた。


子供のゾンビが、うっかり雪柊の姿を見た。

すかさず親のゾンビが叫ぶ。

「美しいもの! 見てはいけない!」

親のゾンビはすぐに体を腐らせ、どろどろになって子供に覆いかぶさり、雪柊の放つ輝きを見えないようにした。


 雪柊の輝きが、ゾンビの力を奪っていく。


 緑色の帽子をかぶったゾンビが叫んだ。

「俺は絶対、美しいものを見ない!

 美は存在しない!

 しかし何故だ!!

 見続けずにはいられない!!!」

 そして頭が沸騰し、しばらくして緑色の帽子とともにはじけた。


 隣にいたスーツ姿のゾンビが、胸ポケットからサングラスを取り出して叫ぶ。

「見られるな! 見るんだ!

 見るのは、俺たちだ!!!」


 辺りには霧が立ち込め、ゾンビたちの視界を覆った。霧は光をあちこちに散乱し、雪柊の姿は光に乗って散りばめられ、ゾンビたちの網膜に届き、焼きついた。


「駄目だ! 目に入ってくるゥ!」

「ママ! これが人間?! 私…人間じゃない!」

「見ちゃダメ!!!」


————雪柊が左足を一歩進めた。


 あたりのゾンビたちははじけ、泥々になって地面に溶けはじめた。


 母親のゾンビは、子供のゾンビの頭を掴み、光を見ないように目玉を力ずくで取りはずそうとしたところで、頭がはじけた。


 背後には人間がいて、その手には、ひとすじの煙が立ち上るショットガンが握りしめられていた。


————雪柊が右足を一歩進めた。


 雪柊の放つ輝きによって弱ったゾンビたちは、身体を寄せ合って巨大なゾンビに姿を変え、人間たちを手当たり次第に捕えて、食糧にしはじめた。


 光から逃れようと、体を溶かして人間の体内に隠れるものもいた。


「美の女神を止めろ!」

「顔に泥を塗れ!」


ゾンビたちは一斉に、雪柊に向けて汚泥を投げつけた。


 しかしそれらは、いずれも雪柊に触れることならず、雪柊の放つ光に照らされて、輝く背景となり、空を舞う純白の紙吹雪とおなじ効果を与え、清らかなるものとのコントラストへと変わって、美の女神の輝きを高めた。


————雪柊が左足を一歩進めた。


 ゾンビたちは、両目を飛び出させて、その姿に見入っている。


 ゾンビたちの全身から上る悪臭は、刺激臭にかわり辺りを漂った。ゾンビの身体は驚異的な代謝によって、溶けてはすぐ再生する。ゾンビたちはいらなくなった身体の一部を、美の女神に投げ続けた。


————雪柊の目が哀しみにあふれた。


 一体のゾンビが、苛立ちを頂点にして叫ぶ。


「美の女神よ! 調子に乗るな!

 お前のどこが美しい!

 はっきり言ってやる。お前は!

 醜すぎる!!!」


 そのゾンビが、勝ち誇った表情をつくった。


————雪柊は目を瞑った。


 すると、辺りにいたゾンビたちは、次々と両手を目の前にかざし、じっと自らの姿を見つめた。他のゾンビたちも次々とそれに倣い、呟いた。


「なら…俺って…。」

「俺も…。」

「俺も…。」


 ゾンビたちの中心にいた、赤いドレスのゾンビが叫んだ。


「気づいては、

 ダメーーーーーーーーーッ!!」


 大勢のゾンビが、げぼりと音をたて崩れ、地面に溶けて消えた。


 赤いドレスのゾンビは、人間の目玉があしらわれたネックレスと、人間の内臓で作られたローブをまとっている。それはゾンビたちにとって最高のファッションであり、そして、人間たちが報復をするための理由として十分なものであった。


 一人の人間の男が、至近距離から狙いを定め、

 赤いドレスのゾンビの頭は、弾けた。


————雪柊がまた一歩。


 雪柊の光はあたりにいたゾンビたちを照らし、全てを光に染めていく。すでにゾンビたちは腐乱を極め、一面に横たわっていた。


雪柊がぽつりと言った。



「これでは歩けない。」








生存者がいた——————————


今回の作戦で手薄になったゾンビの本拠地から逃げてきた女だ。痛々しい傷があちこちに見える。


—————こんな傷くらい。


その思いは身体に届かず、

足がもつれ、倒れた。


美の女神がいた。


——————死ぬ前に神さまが見えるって、本当なんだ。


頭を振るった。

まだ意識を失ってはいけない。

力を振り絞って言葉をだした。


「まだ神様なんて見たくない。」


立ち上がって膝をついた。


それを美の女神が優しく抱きとめる。


続いて、駆け寄ってくる何人かの人の姿が見えた。

差し伸べられた人の手も見える。


「生存者を発見! 救護班! 早く!」

「安心しろ。もう大丈夫だ。名前は言えるか?」


「緋川…れみです。ゾンビの企業に監禁されていました…。」


「他に生存者は?」

「みんな…私を逃がして…。」


そこから言葉がでなかった。


「もう大丈夫です。まずは治療を。」


いつから鳴っていたか知れぬサイレンの音を聞き、赤いランプの回転が私の頬を照らすのを見て、私は救助の手に身を委ねた。



雪柊はX市に向かった。

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