美の女神とゾンビ - the first contact - (中編)

 ゾンビに人権を与えた理由について国民から疑念の声が挙がると、東ノ国首相、内閣総理大臣 曽比大輔そび だいすけ は、次のように回答した。


—————————「生きとし生けるもの全てが相互に尊重され、共生する社会を築くことこそが、近代的な社会の目指すところなのであります。」


 ゾンビ人権宣言によってゾンビたちの人権が認められた後、X市はゾンビたちの人気を集め、現在では総人口の8割をゾンビたちが占める。ところがあるとき、X市を訪れたサラリーマンが失踪する事件が多発し、その後の調査によって、ゾンビによる殺人事件が明るみに出る事態となった。


 ゾンビたちは殺人現場である企業Zを占拠して立て篭もったが、X市にはまだ人間が居住しておりその安否が気遣われたことから、大規模な攻撃には懸念が示されていた。そのような中、ゾンビの大群が近隣のY市への移動をはじめていることが確認され、これを受けたY市が要請をして、武装した自衛隊が出動することになった。


 この頃、自衛隊は慢性的な人員不足に陥っていたため、数年前から経団連と連携をとって、日頃から指揮命令に従う特殊任務のプロフェッショナルであるサラリーマンに白羽の矢を立て、わずかばかりの報酬とひきかえに彼らを自衛隊に引き抜き、武装訓練を行っていた。


 サラリーマンの中で好戦的な荒くれ者が自衛隊を志願し、彼らは自衛隊のなかで部隊番号8390を与えられ

『嵐を呼んだルーキー』と呼ばれて歓迎された。


——————そして、彼らは出動し、


 美の女神『雪柊』は同行した。


 人間は、神の姿を見ることができない。それでも雪柊の放つ光は、決死の覚悟で出動した『嵐を呼んだルーキー』たちを優しく包み、月はいつもより明るく、彼らの行き先を照らした。


 一方で、ゾンビたちは、美の女神の気配を察知し、人間たちを迎え撃つ準備をしていた。


 一本の幹線道路が、X市から険しい山の斜面に続いている。山を越えた先にはY市があった。このあたりは『箱幹はこみ』と呼ばれる観光地で、X市のシンボルである湖の周辺に、当該企業のほか、土産物屋などのほか、近代的な観光施設が並んでいる。


 ゾンビたちの大群は、すでにこの箱幹まで侵攻している。


 箱幹からY市寄りに少し外れたあたりには、今は使われていない『箱幹近代美術館』があった。


 作戦の日、その駐車場に自衛隊の車両10数台が集結した。車両の中から、銃を構えた隊員『嵐を呼んだルーキー』が身をかがめて地面に降り、流れるようにおのおの配置につく。


 箱幹近代美術館のシンボルである美しくデザインされた人型のオブジェが『嵐を呼んだルーキー』たちを見守っていた。


「部隊番号8390。全員、配置に付いた。」

「よおし。そのまま待機しろ。決して民間人を巻き込むな。」

「へへ。民間人って俺たちのことですか?」


「おい。臆病風に吹かれたんじゃないだろうな? もう一度、プロジェクトの目的を確認する。

・警告を無視するゾンビは汚泥化し、活動を停止させる。

・汚泥化したゾンビは、旧美術館の倉庫に隔離して封鎖。

 いいな。勝てば賞与が出る。ゾンビを迎え撃つだけの簡単な仕事だろ?」

「俺たちにできないと思ってるんですか。」

「へらず口を叩く前にやってみせろ。敵が警告に応じない場合は、発砲を許可する。」

「イエッサ!」


 あたりには民間人の掲げたと思われる幕や立札があって、そこには「人を喰うな」「義務なき人権を認めるな」「ゾンビ反対」などと大きく書かれていた。


 一台の自衛隊のヘリが『嵐を呼んだルーキー』の頭上を越えていく。その向かう先には報道のヘリがすでに3機ほど待機していた。


————————報道番組が映像を映す。


「現在、ゾンビたちは箱幹の施設周辺で徘徊しています。それから、ええ、100体ほどでしょうか。一部のゾンビたちが群れから溢れ、じわじわとY市へ向かって国道を進んでいます。」


「そして、ええ、たった今、美術館に自衛隊が到着しました。自衛隊の車両が10数台。美術館の駐車場に整列を始めています。そして、山頂付近には、これは自衛隊のヘリでしょうか。何台か、ヘリコプターの明かりが見えます。」


 時刻は夜10時をまわった頃。

 あたりは暗い。


——————————————————


「来たぞ。」


 サーチライトで照らされた道路の先に、ふらふらと坂を上ってこちらに近づくゾンビが見える。


『嵐を呼んだルーキー』が一斉に銃を構えた。


 一人が拡声器を使って警告を発した。

「速やかに行進を停止してください! これは警告です!」


 後ろからぞろぞろと大勢のゾンビたちが近づいてくる。

 歩みを止める気配はなかった。


「止まってください! 警告を無視すると、発砲される場合があります!」


 それが聞こえたのか、先頭のゾンビが足を止めた。

 後ろのゾンビたちは、とぼけた表情で、何事かというように顔を見合わせている。


 程なくして、先頭のゾンビが右手を高々と上げ、笑顔でこう言った。


—————やあ、こんばんは。


「畜生。人喰いが。何言ってやがる。」

「早く、発砲許可を出せ。」


 サーチライトの明かりがゾンビを照らす。

 ゾンビは動かなかった。


 10分ほど経ったか。


『嵐を呼んだルーキー』たちは固唾を飲んで照準を定める。


雲間から月の明かりが漏れ、美術館の人型のオブジェを照らした。 


 そのオブジェは美しく、

 月の光を受け、

 ため息がでるほど——————————————————


 瞬きをするほどの時間か。


 ゾンビがオブジェに飛びかかっていた。


「撃て!」





 地に崩れたオブジェが空を見ていた。

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