転生管理室 彼の鵜
私は円李。この転生管理室の管理者です。
ここは、東ノ国の神界に設置された転生を管理する部屋———転生管理室です。転生とは、ある世界に生を受けた者が、別の生命として異なる世界や異なる時代に生まれ変わることをいいます。東ノ国では、神によって転生した者は転生管理室によって転生後の世界での行動が見守られ、その行動によって神界による処分が決定することになります。
円李が監視画面を操作すると一つのプロフィールが現れた。
————雪柊が転生させた子ね。
File:095100 彼の鵜
人を誘う目的で複数の人間を惑わし恐怖を与えたため人間と決別。その後鳥獣操作にて周辺環境破壊に及んだため能力剥奪。人間界での共生継続が害悪生成の要因と見られるも、人間への憧憬と愛着が著しく認められ人間として転生する機会を与えた。当面、鵜の姿で人間界への順応を図る。次の転生は状況に応じて判断す。
————改心して転生させられた妖怪かぁ。まあ、良くある話よね。
さて、彼の鵜君の様子はどうかな。
行動記録 一日目
彼の鵜は黄昏れている。
俺はこんなことをしていていいのだろうか。
俺は…、もっと、大きくなりたい。
俺は、あの鵜どもとは違う。
あいつらは、ひもに繋がれて鵜を捕まえていれば満足する小さい奴らだ。
俺には、人間になるというもっと崇高な目標があるんだ。
そう。俺は、あのひもを束ねる人間と同じ。
俺がこのボンクラの鵜どもを支配するのだ!
彼の鵜は、ほかの鵜に飛びかかり、その背中に乗った。
潜れ!次の魚を捕るのだ!
彼の鵜がそんな夢を見ていると、どこからともなく声が聞こえた。
—————彼の鵜くん。あのね。調子はどう?
彼の鵜は飛び起きて、辺りをキョロキョロと見渡している。
—————少しお話しようかと思って。
「調子って?何がだ?」
「うーん。その様子だと…雪柊との約束を忘れてるよね?」
「あ!いやいや!忘れてないよ。物事には優先順位ってものがあってさ。鵜だって結構忙しいのさ。」
「人間界では頑張っているのかな?」
「もちろんさ!いつも鵜匠の親父に褒められてる!」
「仲間とは上手くいってるの?」
「ふ。そんなこと聞くなよ。俺ほどともなればさ、仲間との信頼関係も厚い。正直、何だってやれちゃう訳よ。」
「ほお…。何ができるのかな?」
「いやぁ、それははっきりとは言えないけどさあ。」
「え、ないの?」
「いやいや。魚を捕る! 10匹とか。100匹とか。1万だって軽いね。」
「ほお…。それだけ?」
「いやいや。それができれば十分だからさ。」
「そうなのか。」
「すごいだろ?」
「…仲間の鵜達は何と?」
「そりゃ、俺たちすごいぞって。」
「ほお。」
「すごいだろ?」
「ええと、飛ぶとかも…できたっけ?」
「それもできる!」
「ちょっと、違うことにも挑戦してみてもらえる?」
「おう! みんなでやればできるさ!」
—————まあ…、やってみてもらおうか。
行動記録 二日目
夜。
彼の鵜は、寝ている鵜達をたたき起こした。
「俺たちは飛べる!」
鵜達はざわついている。
「お前ら、行くぞ!」
鵜達は彼の鵜に付いていく。
いつも漁をしている川岸に鵜達が並んだ。
「よし。誰かやってみろ。」
鵜達のざわつきが増した。
「お前らの力はそんなものか!」
鵜達が一匹ずつ寝床のある小屋に帰り始めた。
「俺も…、帰ろうかな…。」
—————彼の鵜君? これは、どういうことだろう?
「心配はいらないよ! そのうち誰かできるようになるから! これが、仲間の力ってやつ?」
彼の鵜は胸を張っている。
行動記録 三日目
彼の鵜たちの小屋に、一匹の海鵜が飛んできた。
気持ちよさそうに空を優雅に飛び、岩場で休憩をしている。
そこに彼の鵜がほかの鵜を連れて近づいた。
「そこの君。君の飛び方はなかなかだ。飛ぶコツを聞いてあげてもいい。」
そう言って、彼の鵜は海鵜に餌の魚を一匹渡した。
「え…。力強く、羽を動かすだけさ。君は鳥なのに知らないのかい?」
「いや、知ってるよ。」
「…いつから?」
「え…、いま。」
海鵜と別れると、ほかの鵜たちは揃って真似をして、飛び立つ練習を始めた。
彼の鵜も遅れまじと後に続く。
みな、力強く飛び立ち、一回転して、地面に転がった。
そのうちに、一匹が飛び立った。
「おい、こら待て、俺が先だ!」
彼の鵜が、飛び立った鵜に繋がっていた手綱を引っ張ると、飛んでいた一羽は地面に転げ落ちた。
「いいか、俺たちは互いに競い合って強くなる仲間だ! 抜け駆けはゆるさんぞ!」
何匹かが飛び立つと、彼の鵜が後に続いた。
彼の鵜は必死に飛び立ち前に出る。
ほかの鵜たちとの競争が始まった。
彼の鵜の前にも一匹の鵜が飛び立つ。
そのうち、手綱が絡まり、彼の鵜達はもつれ合いながら地面へと落ちていった。
—————彼の鵜君。これは?
「大成功だ!」
—————成功ってね…、君…。
行動記録 四日目
今日も、彼の鵜は地面を叩く足音を立てて、意気揚々と歩いている。そして、鵜飼いに連れられて彼の鵜はほかの鵜たちと魚を捕りに出発した。
川に着くなり、彼の鵜は鵜飼いから手綱を奪い取って、力強く舟を飛び出す。
「お前ら、今日も付いてこいよ!」
彼の鵜が、ほかの鵜達を引っ張り出した。
その瞬間、ほかの鵜たちは息を合わせて一目散に逃げ出してしまった。
彼の鵜が水中に引き込まれていく。
——————彼の鵜君。次は、魚になってみようか?
彼の鵜は泡と供に沈んでいった。
業務終了
円李はすらりとした字で何かを記録し、書類を閉じた。
「さて、ご飯でも行こっかな。」
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